日本が好きって話

突然ですが私は日本が大好きです。

季節も、空気も、人も、街並みも、歴史も、すべてが美しくて大好きです。

今の季節だとあじさい。とても美しいですよね。土壌によって色が変わる。あじさいの漢字も好きです。もともと中国から来たもので勘違いでどうのこうのというのを昔見たのですが(事実確認はしませんので気になったらggってね)、味わい深くていいですよね。

あじさいはお寺や竹垣、石畳とかととても合いますよね。

しっとりと雨に濡れてもあじさいは悲しい感じも暗い感じもしないのがすごいなぁと思います。大げさに華やかなわけではないんだけど、ひっそりと、しっとりとその場所で華を添えている。奥ゆかしくて美しいですよね。海外でもあじさいをみたことはありますが、日本で見るあじさいの雰囲気って独特でいいなぁと思いました。

日本語の美しさや奥深さ、大晦日の世界が生まれ変わるような神妙な空気、元旦の心が透き通るような静謐さ。神聖な国だと感じます。

ごはんももちろん大好きです。なんておいしいんだ日本食。おかしもおいしい。おいしいは幸せに直結するので、ごはんを食べている時は本当に幸せです。

人も好きです。人に国はあまり関係ありませんが、日本人でよかったなと思います。自分がイギリス人でも多分自国民でよかったって同じことを思うんですけど。

 

日本人って、謝るのがお上手だなぁとここ数日を見ていて思います。

素晴らしいことだと思うんです。他人を不快にさせてしまったことに対して申し訳ないと感じて謝罪をするというのはとても理性的ですし、一見文化的だと思います。対人関係においても大切なスキルの一つだと本当に思います。

 

逆に、好きだって叫ぶことは不得意ですよね。

だから好きだって気持ちを叫ぶ人を白い目で見ることが多いのかなと思います。特定の何かを指しているわけではなくて。

私は、何かを好きだと言うことに勇気が必要でした。自分の意見を言うことすべてに勇気が必要だった。

否定されるのが怖かったし、意見の否定が人格の否定、果てには自分の存在の否定のようにも思えて。誰にも嫌われないように、上手に立ち回って、あたりさわりのないことを言っていたりしました。それもとても大切な対人スキルだったと思います。でも自分の心は息苦しかったです。

 「他人と違うものが好き」ってなんだかいけない気がして。仲のいいAちゃんが好きな○○よりも、私は△△のほうが好きなんだってなんだか言えない。

悪いことをした国だって、ずっと言われてきているから日本が好きって言いづらい。みたいなね。

 

日本のことをめちゃくちゃに言っている作品に対して、日本人だってもっと声を上げてもいいんじゃないかな。

 

降谷零が護ってくれている国ですよ。命をかけて。彼の正義という信念をかけて護ってくれている国なんですよ…。

全然関係ないかもしれないんですけど、私はここですっごく悲しくなってしまいました。RX-7も降谷零も、江戸川コナンも、命をかけて彼らが持つ“正義”のために生き、誇りのためにすべてを助けてくれているのに…。

降谷零だけでなく、そしてフィクションでも何でもなく、何千、何万、何億という人たちが命をかけて護ってくれた場所でいま生きているんですよね。そのことを忘れたくないなと思います。

何も考えずに書いているのでいつも以上になんのこっちゃになっていますが、私は日本の味方だから…!日本くんのこと…大好きだからね…!って、日本くんに伝えてあげたかったので書きました。おやすみなさい。