おたくで幸福を科学できるのか。

信仰とおたくを心のままに綴り最終的にシンクロします

これからもずっとその笑顔で

 

最近まったくブログをアップすることがなくなってしまい、あえて私なんかの気持ちを文字にしてもなぁと思ったりすることもあったりしていたのですが、ちょっとだけ頑張ってみようかなと思い、またはじめようと思います。そもそも最初からずっとお気持ち文をしたためているブログや。

ただ、「ここを通過しなきゃ進めない」ものがひとつあるので、少し時間が経ってしまいましたが、三浦春馬くんのことを書きたいと思います。

 

 

三浦春馬くんの突然の訃報が日本中を駆け巡ってしばらく経ちました。個人的にも特別に応援している役者さんの一人だったので、自分の感情の整理としてぽつぽつと綴っていけたらと思いこのエントリを書いています。

年齢が近い人が亡くなるのはかなしい。若い人が亡くなるのはかなしい。才能あふれる人が亡くなるのはかなしい。人の死は、とてもかなしい出来事だと思う。

平凡な一般市民として生活している私から見たら、春馬は若く才能あふれていて、お芝居もうまく、さわやかで、この世界の汚いものから隔離されているかのような清々しさを纏っている人だったから、自殺という報道を見たときは、職場だったけれど耐えきれずトイレに駆け込んで泣いてしまった。

自殺が本当であったとしたならば、その理由を他人が根掘り葉掘りすることではないし、別に説明責任が必要なことでも何でもないし、説明して伝わるのであれば、このような選択はしていないかもしれないので何とも言えないし、何も言えない。

ただただ、才能あふれる若者がこの世界からいなくなってしまったという事実が悲しくてやるせない。

もっともっといろいろなお芝居が見たかった。もっといろいろなミュージカルに出てほしかった。心を明るく照らすさわやかな笑顔をずっと見ていたかった。もっとたくさんの役を見たかった。年を重ねて、年齢ごとに成長して味わいが出てくるお芝居を楽しみにしたかった。

これから先にあったかもしれない未来がぱったりとなくなってしまったことが、とても悲しい。きっとどんどん役者として素敵になっていくであろう彼を見るのは、とてもぜいたくな喜びだったのだと、改めて感じます。

 

『私にとっての三浦春馬』の話をすると、彼は「個人として好き」というよりも「チームとして好き」という感情がちょっと勝る役者さんでした。どういうことかというと、アミューズ若手俳優たちの集まり「ハンサム」の三浦春馬世代が好きなのです。

佐藤健賀来賢人など、テレビで活躍する春馬と同世代の彼ら。私が特に好きなのは主にミュージカルなどの舞台で活躍するメンバーでしたが、春馬世代のハンサムは私の青春でした。

ひとつのかたまりとした、あの若手俳優たちのエネルギーが大好きだった。彼らの舞台を見るのが、ハンサムライブで楽しそうに歌う彼らが、コントをする彼らが、あの会場で笑い合うアミューズを大好きなみんなとの時間が、本当に大好きだった。

春馬たちは年齢が近いのもあり、彼らが頑張っている姿は特別に胸に響きましたし、彼らを応援していると誇らしい気持ちになりました。同じ世代で頑張っている人がいる。つらい時にはハンサムの曲を何度も聴いたし、まわりの人たちにもハンサムって素晴らしいんだよと伝えてまわりました。

永遠に色あせない、私にとっての愛しい青春の記憶です。
この記憶が今でも私を頑張らせてくれているし、大きなエネルギー源です。その中心にいたのが、春馬でした。

 

最初はあまりのことに受け止めきれず、何も手がつかない状態でしたが、しばらくたち、私にできることはやっぱり冥福をお祈りすることだと思いました。

心の底から、死後の魂が安らかで、喜びにあふれる世界に還ることをお祈りしたいと思います。

感謝と、追悼と、愛を込めた祈りは、きっと生きている時の何倍、何十倍、何百倍もまっすぐに届いてくれるはずだから。

 

人の死がどうしてこんなに悲しいのかって考えたときに、やっぱり命というものは、すべて等しく尊いものなのだと感じます。なぜ尊いと感じるのかは、やはり神様から与えられているものだからだと。

とても大切な人が亡くなった時に涙が出るのだって、好きな人がいなくなってしまった自分がかわいそうで悲しくて泣くわけじゃない。やっぱり、自分の目で見たその人の人生の美しさを思って涙する。

その人の人生を通して、自分はどれだけ素敵なものを与えられていたのか。

三浦春馬を通して、私はこんなに幸せな青春時代をもらって、一生胸に輝き続ける大切な思い出をもらった。きっとあの時の、あの夏の舞台の思い出が、あの冬のハンサムライブの思い出が、どんな時でも落ち込んだ私を奮い立たせてくれる。そういう光のひとかけをもらった。

私も一人でも多くの人に光を灯していけるような魂の煌めきを持ちたいと思います。

 

最後に、自殺者の死後について。

自殺が事実かどうかはさておき、神様からいただいた命を自ら断ってしまうことは悲しいことですし、絶対にやってはいけないことです。宗教で人間の生命とは何かを学んでいる人間として、どうしてもここを気にしなければいけないと考えます。

人は永遠に生き続ける魂を肉体に宿して、転生輪廻している存在です。だから、肉体が死んでも魂は死なずに生き続けている。死後は心がすべての行き先を決める。だから、天国に通じるような心を持たなければ天国へは還れない。

どんな人のもとにも死は平等にやってくる。そしてそれは、いったいいつ訪れるのか分からない。誰一人死から逃れることはできないからこそ、与えられている命を精一杯富ませていきたいと感じました。

多くの人に還元し、明るい気持ちを振りまける自分でいられるよう努力したいし、神の御心にかなった人間でありたいと思うし、神様を愛する自分でいたい。

改めて、信仰者としての生き方についても考えるきっかけとなりました。

今はとてもつらく厳しい時代で、諸行無常会者定離といっても、そんなに簡単に割り切れるものではないなぁと日々感じます。生老病死が真理だと知っていても、感情が置いてけぼりになることもあります。それでも、きちんと前を向いて歩いていける自分でいたいですね。

 

映画「心霊喫茶『エクストラ』の秘密―The Real Exorcist―」を見た感想

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描き途中のイラスト

本当は映画の前にいっぱいあげたい記事があったんですが、映画が公開されてしまったので何よりも優先して叫ぼうと思います!公開おめでとうございます!

いつものように映画の感想を綴っていきたいと思います。また、いつものことですが、信者の目からみた感想になりますので、可能な限りフラットな感想を心がけますが、そんな感じで…見ていただけると嬉しいです。
(※ 書いたあとに見直したら信者力カンストしてました)

ネタバレを含みます!

映画『心霊喫茶「エクストラ」の秘密―The Real Exorcist―』について

こちらの映画はHSでは初めての「ホラー映画」になっています。ものすごく怖くて死ぬ!というようなホラーではないので、苦手な方でも楽しくご覧いただけると思います。

ストーリー

東京は世界一不思議な街である。思わぬところに心霊スポットがあったり、思わぬ人が実は霊能者だったり――。
東京の片隅にある喫茶「エクストラ」、そこはマスター自慢の本格的なコーヒーが楽しめることでファンが多い隠れ家的な人気店。店先には「悩みごと相談承ります」という小さな札がぶら下がっている。この店でアルバイトをしているサユリのもとには、さまざまな悩みを抱えた人たちが訪れる。そして彼女は“不思議な力”を使って、次つぎと悩みを解決していく。
目に見えない世界の真実に触れることで、人びとの心に光が灯っていく。しかし、そんな活躍を続けているサユリに、邪悪な存在が立ちはだかる……。
―――心霊喫茶「エクストラ」の秘密 映画公式サイトより引用

一言で言うならば、「悪霊」「悪魔」と戦う、町の〈小さな救世主〉の物語で、怖い心霊映画というよりも、成仏させたるわ!なエクソシスト映画です。

遠隔透視、不成仏霊、ポルターガイスト水子霊、憑依現象、地縛霊、悪霊、悪魔…など様々な物語がオムニバス形式で組み込まれ、大きな結末に向かっていくつくりになっています。こちらの減少に心当たりがある方は、特におすすめです。

悪霊、悪魔って本当にいるの?
自殺したらどうなるの?不成仏霊ってなに?地縛霊って?
ポルターガイストってなんで起こるの?
遠隔透視ってそもそもなに?

そんな疑問をガンガン打ち返していく映画です。

いわゆるエクソシスト映画では、悪魔のほうが聖職者よりも強かったり、「祓って終わり」とか、「とりあえず消えました」ということもありますが、この映画の特徴は「不成仏霊を成仏させる」ことだと思います。

不成仏霊も地縛霊も、もともとは人間だった人たちです。死後、執着や欲望や無念など、いろいろな理由があってそのような状態になっているので、引導を渡すためにも摂受・折伏シーンがしっかりととってあります。

なんとなくやり切ったから消えるとか、一方的に消し去るのではなく、間違っている者には真実を伝え、苦しんでいる霊には寄り添いながら導いていきます。これが、エクソシスト系ホラー映画でも怖くないところであり、幸福の科学が作る映画ならではの部分だと思います。

そういった意味では、宗教ド直球なので、幸福の科学の教えに興味がある方にとって入りやすい作品の一つになっているとも思います。

 

どんな感じにホラーなの?

心霊を扱っているので、一応ジャンルとしてはホラーかなと思いますが、よくある「怖がらせよう」だとか、「びっくりさせよう」というたぐいのホラーではなく、「心霊を知ることができれば怖がることはない」というエクソシスト要素のほうが鬼つよな映画なので、ホラーというほどホラーではないと思います。血とかも全然出てきませんし、おぞましいシーンもほとんどありません。

ホラー映画が大の苦手で、見ていると泣くし頭痛くなるし夜眠れなくなるしでダメダメな私でも、一瞬ビクッ!!!とするだけで、見たあとまでずっと怖いとかそういうことは一切ないです。夜中に一人でもトイレに行ける映画です。

ですので、逆に怖いホラー映画が好きな人からしたら「ハートフル系ホラーで何がホラーやねん」となる可能性は高いと思います。

 

信者でなくても見れるの?

むしろ信者でない人に見ていただきたい幸福の科学の姿なのかなと思います。そもそも映画は常に当会の方以外にも見ていただきたいというおもいがあって作られているものですが…。

面白いかどうかとか、合うか合わないかとかは、信者というよりも個人個人に委ねられる部分が強いんじゃないかな?と思います。

霊体質な方は「なるほど」と思う部分もあると思いますし、見たあとに体が軽く感じると思いますが、逆にそうでない方は宣伝映画~wで終わると思います。

今までは「宗教的だから」とか「最後に一気にまとめに来てて前後関係が希薄」とか、いろいろあったと思うんですが、この作品は逃げも隠れもせず、当会の〈エクソシストの法〉をそのままぶち込んでいる映画です。

本を見てもまったく同じことが書いてあるし、信者にきいても大半の人から同じ言葉が返ってくると思います。なんならネットでよくネタにされる修法エルカンターレ・ファイトとかも出てきますし、むしろ新規に大川総裁から教えていただいた秘儀も出てきます。

一つひとつのケースごとに霊を説得しているので、小出しで法を説いているところも見やすいと思います。分かりやすく物語が展開していくし、専門用語にも説明が入っているし、伊良子くん演じるイサムがありたがい質問とかをしてくれるので、そんなに一見さんお断り感はないと思います。

 

個人的な感想

普通に面白く見れました!というとなんだかアレですが、映画として楽しめました。

小さな悩みを解決していき、だんだん大きな問題を取り扱うようになり、サユリの霊能力も上がっていき、その結果、悪魔に目を付けられるというのも筋が通っていたと思います。

サユリが持つ「みんなを笑顔にしたい」「神様に恩返しをしたい」という信念も物語をとおしてぶれずに貫かれていて、後半になればなるほど、このおもいはどんどん強くなっていきます。

だからこそ彼女は負けないし、力がみなぎってくるというのも、ヒーローの姿として正しいものだと感じます。

信者として見たときに思うこと

信者って何してんの?って聞かれたら、「これやってる」って言える

ここまでド直球だと、「あれ、私たちのことやねん」ってもはや言えるというか、そういう頼もしさがありました。

もちろん、私たち一人一人がみんなサユリのような霊能力を発揮して人助けができているわけではありませんが、日常として、朝起きてお祈りをして、働いて、ご飯を食べて、また夜眠る前にお祈りをして一日の出来事を反省して、主に感謝をささげて眠る。という、毎日を送っています。

サユリは中でもハイパー優等生ですが(本来こうあるべきなのですが…)、こういう一日が理想であると考えるし、こういう一日を過ごすように心がけて生きていますし、サユリの言葉と同じことを考えています。

友人とかに「何やってるの?」って聞かれても、自分たちにとっては普通の日常なので、何を言ったらいいのか分からないというか、「うーん、日常的にはお祈りとかしたり、あとは祈願とか研修うけたりするよ。本も読むしご法話も拝聴するよ」みたいなことしか言えないのですが、大部分を補完してくれている映画だと感じました。

これらはすべて、私が幸福の科学の信者であり、祈り・反省・瞑想が当たり前の日常で、神仏を信じ、加護を感じているからこその「わかるわ」だと思うので、根本的にこの在り方を否定する人にとってはかけらも理解をし得ない内容だと思います。

サユリの言葉ひとつひとつがきれいごとを言っていて怖いと思うのであれば、その人から見た幸福の科学はそうだろうと思います。

ただ、ごまかし一切なく、私たちの活動や生活は、こういったものです。

”本気度”がすごい

今回の映画は修法も出てくれば、エル・カンターレという言葉も出てくるし、根本経典である『太陽の法』、経文『正心法語』、そのほか『不動心』『エクソシスト入門』『地獄の方程式』『悪魔の嫌うこと』といった書籍、さらには正心宝、降魔の剣、祭壇といった、いわゆる宝具と呼ばれるものも登場します。

これらは幸福の科学支部や精舎に行けば、そこにあるものたちです。

ごまかし一切なく、取り繕うこともなく、これらを表に出していくことに“本気度”を感じました。これは、前作『世界から希望が消えたなら。』と同じく、大川咲也加副理事長が映画脚本を手掛けるようになって変わった大きなポイントだと思います。

また、役者のみなさんも「エクソシスト」という宗教の本道をテーマにしているからか、迫真の演技だったと思います。

特に、千眼さん演じるサユリの「悪は許さない!」という強い姿勢には、同じ信仰者として引き締まる思いですし、彼女が持つ強さを学んでいきたいと思いました。それは、サユリだけに限らず、千眼美子さんご本人においても感じることです。

また、希島凛ちゃん演じる杏花は、サユリへの嫉妬心を悪魔に利用されてしまうんですが、悪魔に憑依されたときの彼女の熱演ぶりが素晴らしかったです。屋上で「離せ!」と叫ぶシーンは恐くてぞくぞくしました。

めちゃくちゃ泣いてしまった

と言うほど泣いてはいないんですが…笑、気持ちの上では、もう、ぼろ泣きでした。どこでかというと、千眼さんが一人で女悪魔と立ち向かうところです。

もともと私は悪魔祓い系というか降魔系が好きというか、好きな色も赤だし*1、尊敬する二次元の人間は一条シン*2と元宮あかね*3だし、サクラ大戦*4がとにかく好きなので、サユリの「普通の女の子」だけど、「神を信じ、神への恩返し」のために、そして「人々の幸福のため」に、強大な敵に立ち向かうシーンには胸がいっぱいになりました。

また、主題歌の「The Real Exorcist」がものすごく好きなのもあいまって、イントロが流れた瞬間テンションがあがりました。この曲は初めて聴いたときから、「この入り…!人生で2憶回は聴いた遙かキャラソンのようで実になじむッ!」と思っていたので、胸が熱くなります。

あともう一つ、これはある意味で、“意味が分かると怖い話”というか、HSで「悪霊・怨霊の発生」や「悪霊・悪魔の存在について」や、「不成仏霊について」とかを学んでいればいるほど、映画で描かれている〈原因〉が分かるので、身につまされて怖いです。

 

出家者:千眼美子が見られる映画

「出家者」としての千眼美子さんの中間報告の映画かもしれないと思います。少しこういう書き方すると偉そうなんですけど、偉そうな意味とかではなくて…!

女優であり宗教家である出家女優・千眼美子さんが、この映画では遺憾なく発揮されていると思います。

千眼さんが幸福の科学に出家してから、3年経ちます。LINEブログや生配信、最近ではラジオ大阪のラジオ番組などで映画への意気込みや信仰についてを語ってくれることも多いですが、女優として、全身で出家した年月の学び、もっと言ったら悟りを表現してくださっていると思います。

千眼さんだからこそ意味がある作品

公式ガイドブックで脚本を担当された大川咲也加副理事長もお話されていましたが、「千眼さんが出家した意味」が見いだせる作品だと思います。

また、パンフレットで千眼さんが「過去の自分を振り返りながらサユリと向き合った」とお話されていましたが、出家前に心身ともにズタボロ状態だった千眼さんだからこそ、強すぎる霊感に悩まされて“霊障”状態にあったサユリの気持ちも分かるし、法を学んで、実践して“エクソシスト”としての力を手に入れたサユリの気持ちも分かるのだと思います。

千眼さんが出家したときに発刊されたエッセイ『全部、言っちゃうね。』の141ページで、千眼さんが宣言していることがあって。(ダジャレじゃないです)

 どんどん勉強して、真理を入れて、悩み相談もできる人になって、祈願導師もできる人になりたいし、芸能活動を通して美しさや神様がいると感じさせたりできるなら、それもやりたい。

サユリじゃーーーーん!!!!!(大泣き)。

そして、実は映画を見たときに千眼さんが導師の祈願とかあったらめっちゃ受けたいなーーー!!!って思いました。本当にすごいと思います。同じ信仰者として心から尊敬します。

 

イメージソング『秘密の変身』が泣ける 

だから、秘密の変身と、自分では思うこととする。

秘密の変身

秘密の変身

  • 千眼 美子
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

正直、最初聴いたときは「あんまりピンとこないな」と思う曲でした。じつは。

出家してから千眼さんが歌唱担当した曲は、この「秘密の変身」で3曲目になりますが、最初の「眠れぬ夜を超えて」は切なくてドラマティックなバラード。2曲目の「夢の時間」はガールズロックぽい、溌溂とした千眼さんらしい曲でした。どちらもすごく好きだったのもあって、今回の「秘密の変身」はちょっとささやかな気がしました。“地味”というか。

ただ、映画を見終わった後にこの曲を聴いて、歌詞を見ると、サユリが抱えている、誰にも見せない孤独や切なさ、不退転の覚悟がひしひしと感じられて、何とも言えず涙がこぼれる一曲になりました。映画を見る前は、あまりサユリというキャラクターをイメージできていなかったのもあるかもしれません。

穏やかで淡々と語るような旋律だからこそ、サユリの心がまったく揺れていないことを感じられるんだなぁと思います。救世主の孤独というものがこの曲からもしっかりと感じられるのに、ジャケットの千眼さんのように凛と風に髪をなびかせて前を見据える潔い姿勢を感じる曲です。

映画を見てからとても好きな一曲になりました。

スーパー霊能力者でミラク陰陽師でワンダーガールなサユリは、どんなに身近な姿を見ても「自分とは少し遠いかな」と感じてしまうところがあったのですが、この曲の述懐を見ると親近感もわくし、サユリへの理解も深まる一曲だと思います。

見出しの下に引用したのは、一番好きな歌詞です。

 

清水富美加ちゃんと、千眼美子さんがつながった瞬間 

また、今回の映画でも『世界から希望が消えたなら。』と同じく、大川隆法総裁、大川紫央総裁補佐、大川咲也加副理事長がカメオ出演されていて、千眼さんと少しだけ会話をします。

千眼さんは総裁とも対談されていますし、会話するところを見るのは初めてではないのですが、「女優」である千眼さんと総裁が会話をしているのを見るのはこれが初めてです。

先ほど紹介した『全部、言っちゃうね。』でとても大好きな部分があります。「CGじゃなかった総裁先生」という見出しの部分で、総裁先生に初めてお会いしたときの千眼さんの言葉です。

奇跡だって思いました。何千年の奇跡だって。今日という日を何千年待ち望んだんだろうって。頭でそう考えたというより、心でそう感じたんです。

もしかしたら、こんな機会はもうないかもしれません。だからこそ、私の魂がいちばんきらめく感動的な瞬間でした。もう魂年齢が2億年、3憶年とかいっても、この日のことは輝き続けるっていう実感がありました。

この言葉を思うと、「女優」として千眼さんが総裁先生や補佐、咲也加さんとご共演されたのが、嬉しくて嬉しくて、胸がいっぱいになりました。なんて素敵な瞬間なんだろうと思いました。

当会の映画に出たいと言ってくれていた清水富美加ちゃんが、出家して、千眼美子さんになって、学んで、実践して、夢を叶えていって。この二つがつながった瞬間のような気がしました。

 

色んな人に見てほしい

今までHSの映画を見てきて、積極的に「見てほしい」という言葉をこのブログで使ったのはおそらく『宇宙の法―黎明編―』のみだったと思うのですが(それも内容というよりも村瀬くんのファンにお芝居を見てほしいを強く出していた)、今回はあの時以上に「いろんな人に見てほしいな」と思う作品でした。

というのも、霊現象で悩まされている人って案外たくさんいると思うんです。そして、悩んでいても人になかなか言えないと思うんです。だから、霊現象で悩んでいるすべての人に見てほしいと思います。

幽霊見たことあるとか、むしろ見えちゃうとか、頭の中で声が聞こえるとか、死にたい気持ちがずっと離れないとか、誰かのせいにしないと苦しくて生きていけないとか、いつも心に焦りや恨みや嫉妬心があるとか、むしろ押しつぶされそうな劣等感や不安感を常に持っているとか。金縛りに悩まされてるとか、悪夢ばかり見るとか、不安で眠れない夜がたくさんあるとか、大きなことから小さなことまで、いろいろなことがあると思うんです。

一日を振り返ってみたとき、一週間を振り返ってみたとき、一カ月を振り返ってみたとき、一年を振り返ってみたとき、悲しいとかつらいとか苦しいとかさみしいとか、そういうマイナスな気持ちのほうが多くなっているとか、そういう些細なことであっても。

その全部が全部「霊のせい」だと言い切るのもこれだから宗教はってなると思うんですが、まあ宗教なので。みたいな開き直りが出来るくらい、オープンに「幸福の科学の教え」の話なんです。

そもそも霊のせい=全部自分のせいなので、本当はとても厳しいです。なぜかというと、〈波長同通の法則〉で呼び合ってしまうからです。
いわゆる”引き寄せの法則”と呼ばれるものでもありますが、悪霊を呼び込むのは、自分の心にそういう隙があるから。あるいは縁をつけてしまっているから。そう私たちは教わっています。
そして、そういったことをひとつひとつ、教えてくれる映画です。

人間はだれしも完ぺきではありませんが、心のありようでいくらでも不幸から脱してゆける。そんな希望を与えてくれる映画です。

 

千眼さんのインタビューがとてもかわいくて、素敵だったのでそっとご紹介。


主演”千眼美子”インタビュー!「エクソシストを演じて、怖いもの無しになった」「この間、心霊現象にあったんですけど」

 

幸福の科学出版の公式ホームページには、映画の関連書籍を紹介しているコラムがあります。こちらは登場した書籍というよりも、エクソシストの学びになり、悪霊と通じないための書籍が主なラインナップになっています。

www.irhpress.co.jp

映画の内容をさらに深める書籍になっているので、気になる方はぜひお手に取ってみてください。

個人的に特に好きなのは6「ザ・ポゼッション」8「神子学入門」9「美とは何か―小野小町の霊言―」です。

中でも小野小町の霊言は「言霊」について深く触れていて、日頃から「言葉」が大好きで、人生で出会ったさまざまな「言葉」に守られている自覚が強い自分としては、たいへん興味深く読みました。

額田王の霊言」も言霊や言葉について触れているので、小野小町の霊言が好きだった方にはそちらの霊言もおすすめです。
額田王の霊言は、“言葉”というか“言の葉”と言うほうがしっくりとくるような、やわらかくふわりひらりとした繊細な言葉が紡がれていて、日本語の美しさに心癒されます。
繊細な織物のように美しく紡がれていく言葉たちを見て、自分も言葉を調律していこうと思いましたし、こんなにも「波動」というか、そういうものが出るんだなと思いました。
古今和歌集の仮名序に「やまとうたは人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける」とありますが、まさにそういった趣を感じる、美しい日本語で紡がれた霊言です。

 

*1:正心法語には仏の七色の光のうち『赤は法戦 正義色』と書かれている

*2:『KING OF PRISM』の登場人物。魂に「1000年前世界を滅ぼしかけた悪魔」を宿しているが、持ち前の明るさと素直さと誠実さ、そして仲間との絆と愛の力で悪を封じ込めることに成功している心清く気持ちのいい少年。イメージカラーは赤。本作に登場する『悪魔の嫌うこと』の3か条を備えているのも感慨深いポイント。

*3:遙かなる時空の中で』シリーズ1作目のヒロイン。遙かシリーズのヒロインは「龍神の神子」と呼ばれ、怨霊を浄化し、闇を祓う神力を持つ。神の力を通わせるパイプとなるために、心の清さとしなやかさ、利他の心が必要

*4:架空の東京に蔓延る悪と戦う乙女たちとの恋愛シミュレーションゲーム。主題歌の『ゲキテイ』はオタクなら一度は聴いたことがある名曲。可憐で年相応な乙女でありながら、「正義のために戦い、命を懸ける戦いであっても一歩も引かない」という強い信念を持つ帝国華撃団たちの生きざまに胸をうたれる名作。悪を滅ぼして正義を示すのだ!

2019年もありがとうございました。2020年もよろしくおねがいします。

ご無沙汰しております…もう年末…うう…。

2019年は、いろいろなことがありました。毎年いろいろなことがありますが、その中でも特に「いろいろ」の種類も多ければ高低差も激しかったため、一年の密度がたいへん濃かったです。

そんな一年の中で、人生で出会い、かかわってくれるすべての人たちに、深い感謝も感じました。

今はうまく言葉にできないのでさらっとしたものになってしまいますが、大人になってから出会い、関係を築いていける人たちのありがたさをしみじみと感じます。

2020年もがんばっていきましょう!!!!!

 

ということでクリスマスのおえかきもできず、新年のおえかきも今のところなにもできていません…。インスタグラム、もう呼吸をしていない…。

発刊から時間が経ってしまいましたが、『生霊論』の感想を書いたり、鋼鉄の法ですねっていうエントリを書いたりしたいところなのですが(下書きはある)…師走なのです…師走なのでなかなかそんな腰の入ったエントリを書く時間が取れず…。

師走にかぎらず、2019年はブログを書く時間が取れなかったので、2020年は書籍の感想とか、もっとノーマルな日常とか、普通にグラブルの話とか(笑)をできたらいいなぁと思います。

 

鋼鉄の法と言えば

先日東京正心館で研修を受けてきました。今までこのブログでは(私の悟性の問題もあり)あまりそういうことを書いてこなかったんですが、書籍をより深く味わうこともできたので、書籍の感想も書きたいなー!と思っています。

「法シリーズ」はとても大切な一年の指針となる一冊です。2019年は『青銅の法』で、「青銅の扉」の中と外について考えたり、自分が一年過ごしていく中でも、いろいろと書籍に照らして考えるところがありました。

今年は「鋼鉄の法」で、タイトルだけ見るとどういった内容なのか、「青銅の法」の時と同じかそれ以上に想像しづらいのですが、読み終わると「なるほど、鋼鉄」と感じる一冊で、改めて、この一冊を胸に2020年の自分を鍛えていきたいなと思いました。

毎年法シリーズが出るたびに「今年のは今までで一番好き!」と言ってしまいがちなのですが、今年はいつもよりも強めのトーンで「今までで一番好き!」です。

さらりと言うことができるものではないので、別エントリでじっくりと書きたいと思います!

 

グラブルといえば

今年もグラブルフェスに遊びに行ったりしました。そしてやっと統べスキンとオルターエゴをゲットしましたよー!!!!

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うれしい!!かわいい!!かっこいい!!

統べスキンのグランくんもジータちゃんもちょっと大人ぽいし強者ぽいしすごく好きなのでニヤニヤしてしまいます。ジータちゃん女首領ぽくていいですよね。スキン獲得クエストもすごくよかったです。十天衆好きにはたまらない!

賢者もアストラで2名ストップがかかっています。軽率にアストラ10個ずつ頻繁に配布してくれてもいいのになって思っています。

2019年は自分比ではあんまりグラブれていなかったんですが、やっと少しずつ今できるものを取得していけているので、ほんのりと達成感のある一年でした。空の旅は果てしないのでまだまだ力は弱く…がんばります。EX2とかあんまり取っていないので、そこらへんもちゃんと取得していきたいです。

来年の目標は極み…と言いたいところですがヒヒをどうクリアするか…。いままでナタクHLやアポロンHLさえもソロチャレンジをしたことはないので、来年はHLマルチのソロチャレもやってみよう。

そして十天といえば6周年イベが十天衆で…!!!!!!!!!もう…!!!感謝してもしきれない…。しかもシスが主人公っぽいエピソード……。

シスもシエテも最終解放済みで100エピソードも見ているので、予告編の二人の会話にじわっとくるものがありました。シエテは十天全員にとって比較的特別な存在でもありますが、シス、カトルくん、エッセルは特にいろんなものを感じるので、出会いを幸せだと思ってもらいたいなーと思います。


【グランブルーファンタジー】六周年記念シナリオイベント 予告篇

十天衆の新規絵がいっぱいあるのも個人的に嬉しいところです。絶対グッズ出る!たのむ!

動画に仏教用語がちりばめられているのも楽しみポイントです。この予告を見て、改めて、グラブルの世界の美しさを肯定する傾向の強いところが好きだなーと思いました。

勧善懲悪が強いストーリーや、善意に溢れた人が多いのもそうですが、奇跡や希望を信じる人が多いというのも特に好きな理由の一つです。

性善説が強いとご都合主義に見えるところも説得イージーモードに見えるところも出てきますが、人の善性や世界の美しさを肯定するからこそ希望が見えてくるはずなので、そういうものを美しく描いてくれているところがずっと好きでいられる理由でもあるんだと思います。

グラブルも長いことしっかり遊んでいますが、嫌いな子というのもいなくて(某島の住人くらい)、みんなかっこよくてかわいくって愛しい子たちです。これからも一緒に空を旅していこう。

グラブルの話が思った以上にながくなってしまった!さいきんグラブルのイベのお話とかしてなかったから…。

除夜の終わりに響く鐘

グラブルついでに最後にこれだけ軽く…(笑)

今年の年末イベントは年末らしく、一年のさび落とし系で割と心があらわれました。ジョイ君がとてもかわいい…。ブルブルブルブル(お気に入りジョイ君)。ジョイ君の純粋さに胸をうたれると同時に、クビラの導き力の高さにもハッとしました。

ジョイ君は子供のように純真で純粋で、勇気をもったつよい子ですが、彼と一番向き合っているクビラが投げかける言葉も、人に対してこういう思いやりを持てる自分でありたいなと思えるものでした。

クビラができるだけ優しい形でジョイ君に物事が伝わればよいと思っていることが、見ているこちらにも伝わってきますし、その思いやりやあたたかさがジョイ君に届いているから、ジョイ君もいい子に育ったんだろうなと思う。

また、鏡のように透明な心で煩悩を跳ね返すというのは理にかなっていますし、煩悩にまみれたひとたちがわりと六大煩悩(貪・瞋・癡・慢・疑・悪見) すべてに割り振られていたところも芸が細かいなと思いました。

ジョイ君、主人公だった…。ジョイ君のように、頑張った自分を認めつつも、みんなのおかげで頑張れているって感謝の気持ちを持てる人でありたいなと思った年末でした!

いいイベントだった!ジョイ君かわいかった。

 

それでは、素敵な年末と年明けを…✨

GOLDEN SMILE

俳優の滝口幸広さんの突然の訃報を受けて、いろいろなことを考えました。アップするか悩んだのですが、自分の思い出というか備忘録というか…そういうものとして、これを更新しようと思います。

 

たっきーはテニミュの青学3代目の大石秀一郎役で知りました。遙かなる時空の中で4の主題歌を担当していたほか、戦国鍋tvや戦国★男子、仮面ライダードライブをはじめとしたドラマやバラエティで活躍していました。

笑顔が素敵で、面白くて、熱いお芝居がとてもよく似合う青年という印象です。

 

私の人生において、『テニミュ』はとても特別で、大切な作品でした。特に1stシーズンは、言葉で表現することが難しいくらい。

テニミュ』を好きだったとき、夢中になって追いかけていたときにもらった楽しさや喜び、幸せ、笑顔、感動、全部がほかのなにものにも代えがたい、テニミュだけの宝物でした。どんなことがあっても、『テニミュ』は特別で、『テニスの王子様』は一生大好きな作品です。

どんな場所でもテニミュキャストが出ていると「頑張ってるな」と嬉しくなったし、絶対に応援するし、仲良くしているのを見ると嬉しいし、違う場所で同じ舞台に立っていると笑顔になります。

「人生における最愛のイメージ」というものがあるとすれば、その一つは確実に『テニミュ』です。思い出すだけで笑顔になれるイメージの一つにもテニミュは存在します。筆舌に尽くしがたい、心を満たす幸福な時間を与えてもらっていたのだと改めて実感しました。

 

今回たっきーの訃報を受けて、人の使命や生死について考えました。

私はたっきーのことを個人的に、格別に応援していたわけではないのですが、テニミュキャストとして強めの愛着は持っていて、気になる舞台にたっきーがいたら「たっきーいるんだ!じゃあ行ってみようかな」と足を運んだこともあります。

ファンと声を大きくして言うことはできませんが、大好きで愛しい俳優さんの一人です。

たっきーの訃報を受けたときの、喪失感というか、呆然とした感じというか、ああいうものはどこから来ているのだろうと考えた結果、自分の場合は「テニミュが楽しかった」というところから来た気がしました。

私は年齢的に言うと、ニコニコ黎明期の空耳テニミュが学生の頃に流行ったくらいの年代です。テニミュの1stも全国大会に向けて盛り上がっていって、元気とやる気と強気に満ち溢れた学生時代の中で、「楽しさ」や「愛しさ」の象徴がテニミュだったので、よりエネルギッシュな思い出として残っているのかもしれません。

 

今回友人とやり取りをしたり、Twitterでの俳優仲間やファンのみんなの哀悼を見ていて、「人に愛される素晴らしい人だったんだなあ」ということをひしひしと感じました。

そして、その時にその人がなくなったら、その人の心そのものが世界に満ちるんだと感じたんです。

ちょっと意味不明な文章になってしまっているんですが、たっきーが今まで多くの人を幸せにしてきたんだなとか、こんなに愛される素晴らしい人だったんだなとか、みんなの心に思い浮かぶのは、きっとあの笑顔満面のたっきーなんだろうなとか。そういうものがぶわーっと心に広がってくる感覚がありました。

その時の、自分の切ない気持ちとかとは別の、あたたかくて、優しくて、癒されるような感覚というか…そういうものが、たっきーという存在そのものなのかなと思ったんです。少なくとも、私がイメージした滝口幸広という人は、そういう人だったんじゃないかなということを、心で感じました。

 

それとは別にすごいと思ったのは、みんな訃報を聞いた夕方には前向きな言葉を積極的に出していたことです。

もちろんその胸中には複雑なものがあるだろうし、そうでも思わなければ耐えられないといった気持ちもあると思います。

それでも、王子がみんなのコメントを届けるという計らいをしてくれたおかげで、本人やご家族が見て、嬉しいと思う文章を書こうと意識したと思うんです。そして、意識して文字にすると、それが自分の中の嘘のない本当の気持ちでもあることがわかる。自分の中に前向きな、幸福を願う気持ちがあることも見える。

今回私も王子のお言葉に甘えてコメントを寄せましたが、コメントを書きながら、たっきーへの「ありがとう」があふれてきました。こういう機会が与えられなければ、もしかしたらもっと長いことぐずぐず悲しんでいたかもしれないと思います。

自分一人だけだったり、友達と慰め合うような会話だけでは、なかなか前を向くことって難しいなと感じました。

私も友人もタッキーとすごく年齢が離れているわけでもないし、あまりにも若すぎるし、急すぎる出来事で、「処理できない」感情のダメージが大きかったです。
おそらく同じようにテニミュ1stで青春を送っていた人たちみんな、全く同じではないにしろ、似たような喪失感を持っていると思います。

そうなると、寂しさとか、言葉に出来ない感情を「わかりあえちゃう」からそこにずっといられちゃうなぁと思いました。

 

でも、王子のツイートに寄せたみなさんのコメントには、「天国で」とか「生まれ変わっても」とか、そういう言葉が目立っていた気がしました。

死後の世界を信じているいないにかかわらず、その人の幸福を祈るときの素直な心の向きというか、やっぱり天国があって、そこで幸せに微笑んでいるという幸福を祈りたい。自然とそういうものが出てくるのが不思議でしたし、素直にそういう気持ちを持てる心も素敵だと思ったし、そう祈りたくなる素晴らしい人だったということも胸を温かくしました。

 

私たちはどうしても自分に関係ある人の死を前にしないと、死について明確に意識をしないと思います。

もちろんそうでない方もいると思いますが、死が具体性を持って、目の前に迫ってくるのは、多くの人にとってそういう時だと思うのです。

 

私は宗教上死後の世界についてや、人間の生命の使命、転生について学んでいますが、それでも人の死というものは悲しいし、切ないし、やるせないものがあります。
今回の訃報をきいて、特に強く思いました。

宗教的に言えば、神から命を与えられて、一日を与えられて、生かされているのが人生です。しかし、そう言ってしまえば「生かされなかったってこと?」ってなってしまう。そういうわけではないけれど、伝わるように言葉を紡げる自信がまだ自分にはありません。

 

ただ、何よりも大切なことは「言葉だけの『ご冥福』をしないこと」だと思います。

故人の信仰の関係等で、全ての人に「ご冥福をお祈りします」という言葉が使えるわけではありませんが、やはり「冥福」の気持ちを嘘でなく持つことが、最大限の供養であり、祈りのかたちだと今回実感しました。

正しく導かれるように。死後の魂にも幸いがあるように。そして、光にみちた世界で、より多くの人を笑顔にし、幸せにできるようにとお祈りをする気持ちを持ちながら口にしたいと思います。

 

思い出せば思い出すほど、たっきーのいた青学3代目が大好きで、楽しかった記憶が鮮やかによみがえります。
私の中で、きっといつまでもたっきーはあふれんばかりの笑顔をした青年だし、みんなを笑わせるムードメーカーだし、頼れる陽気なお兄ちゃんです。

 

テニミュは「青春体感ミュージカル」というコピーが2ndの頃につけられていましたが、それは本当に言い得て妙で、テニミュで非現実の青春を追体験することが、不思議と自分の青春になっていく感覚があります。

テニミュに限ったことではありませんが、彼らを追いかけ、涙を流し、板の上のキャストと紙の中のキャラクターがそれぞれの個性を持ったまま重なり合う瞬間を見る。
それはひとつの奇跡だし、重なる瞬間が見えたとき、永遠の思い出になると今でも思います。

そんなひとつの奇跡を体験させてくれた一人である滝口幸広さんを、役者として素晴らしいと思うし、永遠を感じるような幸福を与えてくれたことに心から感謝します。

滝口幸広さんのご冥福をお祈りいたします。