おたくで幸福を科学できるのか。

信仰とおたくを心のままに綴り最終的にシンクロします

KING OF PRISM -Shiny Seven Stars-第Ⅳ章の感想

キンプリスッスッスの第4章を見てきました。

1~3章も劇場で見てきていますが、感想を書く時間を取れなかったので地上波放送になったときに書こう!と決めたものの、もう4話のカケル回になってしまって………法則も何もなくいきなり4章から感想を書くのはどうなのかなと自分でも思うのですが、どうしても、この感動を忘れないうちに書きたいと思って書きます。

※ 本編のネタバレで成り立っております。予めご了承ください

はじめに

キンプリスッスッスことShiny Seven Starsは2019年4月から地上波放送しているアニメです。劇場アニメKING OF PRISM、KING OF PRISM-Pride the HERO-の続編になっており、キンプリの愛称で知られています。

細かい部分は端折りますが、「キンプリ」と「映画館」はファンにとって特別な一体感を生み出す場所でもあるため、地上波放送に先駆け、映画館で3話4章編成で3週間おきにアニメの先行上映をしています。

5/4(土)から劇場公開された4章は、アニメでいうと10~12話(最終回)にあたります。

 

「プリズムショーは心の煌めき」

プリティーシリーズの最初から言われ続けてきたこの言葉の意味を初めて、本当の意味で理解できた気がします。

今までどんな作品でもプリズムショーは絶対に「素晴らしいもの」でした。キラキラと輝いていて、眩しくて、美しくて、見ると笑顔と元気と感動をもらって、時には生きる希望ももらいます。それは彼らの心が美しく煌めいているからなんだ!と確信できる素晴らしいショーでした。

でもそれは、今まで見てきたショーをしていた彼らの心が、とても純粋で素直だったからだということがわかります。

 

シャインのプリズムショー

11話で描かれたシャインのプリズムショーは、とても「心の煌めき」とは思えない、ひどく利己的で、どこまでも自分勝手でおそろしいものでした。

今まで私たちが見てきていたプリズムショーが「みんなを笑顔にしたい」「みんなの心をときめかせたい」という“与える愛”の想いからくるものだとしたら、シャインのプリズムショーは「一番優れている僕を愛せば幸せになる」「僕が愛してあげるから君たちの愛もすべて僕に与えろ」という“奪う愛”です。

見る人のことなんて何も考えていない。いかに自分が優れているか。ジュネ様が「心がない」とおびえながら言っていましたが、その通りだと思います。

プリズムショーは心の煌めき。この素晴らしい言葉が、諸刃の剣でもあるということを身をもって実感しました。

「こんなに怖いのはプリズムショーじゃない…」と、本当に泣きながら思っていましたし、シャインがジャンプでも歌でもしきりに言っている「愛」をきくたびに「こんなものは『愛』じゃない」と怒りもこみ上げてきました。

 

プリズムショーと「愛」

十王院カケルが心動かされたプリズムショーの「愛」はシャインのようなものではないはずです。ジュネ様が文字通り命を懸け、命尽きるまで愛する人のためにやったプリズムショーも、シャインのようなものではありません。

シャインはM型のプリズムショーのことを「とても利己的だ」と言っていますが、彼以上に利己的なプリズムショーをした人がいただろうか?と…。自分がそうだからそう見えているだけなのではないのか。

何よりも、Over the Rainbowのプリズムショーを見て、プリズムの女神に祝福される速水ヒロのPKCのプリズムショーを見ても同じことを思ったのか…正直シャインの考えている意味が分かりません…が、シャインの定義する「愛」が、根本的に私たちが思い描く愛と違うのならばなんとなく話は繋がってくる気がします。

 

シャインの「愛」

おそらくシャインにとっての愛は、自分だけに向けられるもののことなのでしょう。誰かの中にあるものでもなく、誰かが誰かを愛することでもない。誰かが自分を愛するものが彼にとって愛なのかもしれないと思います。あまりにも傲慢で自分勝手で、彼のプリズムショーそのものだと感じます。

だからりんねに「君も好きなんだろう?僕のことが…」なんて言える。自分のショーが利己的でないのは、自分に愛を集めるプリズムショーこそが素晴らしいプリズムショーだからなのでしょう。

彼は作中で「悪魔」と表現されていますが、多くの悪魔がそうであるように、自分に信仰を集めたいのだと思います。どんなM型のプリズムショーよりも自分の方が優れていると自負しているから、自分を崇めないショーには意味がないだろうし、自分以外のショーには価値もないのでしょう。

シャインのプリズムショーは素晴らしい技術があるかもしれないけれど、自分以外のすべてのプリズムショーを見下すかのようなまがまがしさがあります。

何よりも許せなかったのは、プリズムショーで世界が輝いて見え、プリズムショーの素晴らしさを魂レベルで理解していて、世界は輝いていることを人々に伝えたい、みんなを笑顔にしたい!という想いでプリズムショーをしている一条シンの体を使っていることです。

シンくんを食らおうとして、シンくんの心を踏みにじって、シンくんを泣かせたシャインを絶対に許せない。

 

響ワタルというプリズムスタ

山田さんの憧れのプリズムスタァとして登場する響ワタル。響ワタルは肉体を持っていたシャインだと思われますが、響ワタルはシャインのようなプリズムスタァだと思えないです…。

響ワタルは、人々の心を煌めかせるような「心の煌めき」を持っていたのでは…?と信じたいですし、もしかしたら速水ヒロの父親がこの人なのではないか…とも思うので、素敵なスタァであってほしいです。

“封印された”という結果がシャインをああいうふうにしたのか…でも山田さんはシャインのショーを見て響ワタルのショーだと言っているし…。何よりも封印されたのはずうっと昔のはずなのになんで響ワタルが…?

まだ一度しか見ていないため、取りこぼしている情報がたくさんありますね…。もう少し響ワタルについて、考えてみたいですが、素敵なプリズムスタァだといいなぁと思います。

 

「世界は、輝いているって!」

スッスッスのメインコピーは「見せてあげるよ!世界は、輝いているって!」です。

これは主人公である一条シンが、第一作目のキンプリでOver the Rainbowのプリズムショーを見て、「世界が輝いて見える…!」と悟ったことに由来します。

キンプリではシンくんだけが持っていたこの感情を、スッスッスではエーデルローズのみんなが、そして、彼らのプリズムショーを見たシュワロツローズのスタァたちもおそらく持っています。

登場人物全員がこの美しい価値観を魂ごとぶつけてくれるからこそ、スッスッスの感動があるのだと個人的に思います。

 

「奇跡は二度起きるの?」

キンプリは、最初からずっと「世界は輝いている」ことを決定事項として掲げています。

ジュネ様が聖に「奇跡って信じる?」とたずねたとき、聖はすぐさま「もちろん!」と答えます。聖は、現実問題としてさまざまな危機に他人の明確な悪意のもとおいやられています。ですから、世界は甘やかで美しいもののみで構成されていないことも知っているはずです。それでも聖は、この世界の善なるものを信じている。仁のことも心から心配しているし、仁の心の中にある煌めきを誰よりも信じているのも、きっと聖です。

プリズムの煌めきによって「輝いている」世界で、その煌めきのすばらしさを心から信じている人間がいて、奇跡があることを疑いもしない人間がいる世界で奇跡が起こらないわけがないじゃない…!

ジュネ様はプリズムの女神により「奇跡」を授けられたプリズムの使者です。

彼女が使者の役目を免除され、代償はあれど愛する人と同じ人間として、愛する人のいる世界で生きていけるということは、まぎれもない奇跡の一つです。

また、聖はたびたびプリズムの女神に祈りをささげていますが、聖からしたらジュネ様の記憶が戻ったことも女神からもらった奇跡なのでしょう。エーデルローズの生徒に恵まれたこともきっと奇跡のような出会いだと思っているかもしれません。もしかしたら、愛人の子であるにもかかわらず法月氏にかわいがられて育ったことも奇跡だと思っているかもしれません。きっと聖は、自分の周りに起こる幸せな出来事を、与えられているものだと思える人間なのだと思います。

「奇跡は二度起きるの?」という言葉に聖の回答はありませんでしたが、彼は少し考えた後、やはり肯定するのではないかと思います。そして奇跡が二度起きるかの答えは、作品を見ればわかります。

物語のジュネ様の祈りにプリズムの女神が応えたように、正しい祈りは必ず聞き届けられる。なぜならプリズムの女神の加護が世界にはあるから。この大いなる前提があるキンプリの世界が大好きだと心から思いました。

というか、RLも入れれば結構たくさん奇跡は起こっていますよね。笑 

一度失われたプリズムの煌めきが、なるちゃんによってまた世界に満ちたのも奇跡でしょうし、同じ世界にりんねが二人いたこともバグやイレギュラーと言われても、やっぱり奇跡だと思います。やっぱりキンプリの世界は、たくさんの奇跡で紡がれています。

 

プリズムの煌めき

今回の映画でも、RLと同じく世界からプリズムの煌めきが失われてしまいます。今度はあの頃よりももっと大規模で「プリズムワールドが世界を切り捨てた」という非道なものです。

それでも、あの世界でプリズムの煌めきは失われませんでした。例えとして正しいかどうかはわかりませんが、水道と湧き水に近いのかな、と個人的に思ったのです。

水道が絶たれたらもちろん水は出ませんが、この世界から水がなくなったわけではない。どこかで、誰かが必死に掘り続ければ水が湧き出るかもしれない。

プリズムワールドから切り離されても、自分たちの心の中にあるプリズムの煌めきを見つけ出すことが出来れば、そしてそれを広げることが出来れば、世界にはまたプリズムの煌めきが満ちる…。

切り離されてしまったから、これからの世界はみんながプリズムの煌めきを絶やさないようにしなければいけないかもしれないし、もしかしたらシャインのように奪う愛のショーをしてしまう人も出てくるかもしれませんが、あの世界を守護する新しいプリズムの女神(感涙で死ぬ…!)と、ルヰくん、そしてジュネ様が守ってくれるので、きっと大丈夫なのでしょう。

オバレもハッピーレインもベルローズも、セプテントリオンも、そしてシュワルツローズもいる。これからのプリズムショー界はどのように発展していくのか、とても楽しみです。この世界はプリズムワールドとつながっているどんな世界よりも煌めく気がしてなりません。

 

プリズムの煌めきとは何か

ここからは突然宗教的な話になってしまいますが、キンプラを見た時からどうしても書きたいことだったのでここで書きます。

キンプリにかこつけての話では一切なく、ただのおたくが自分の持っている信仰という価値観と合致したものに対する喜びを綴っているだけの文章です。お気を悪くする方がいらしたら申し訳ありません。

 

 

 

その答えは「仏性」だと思っています。

仏性とは、仏神と同じ性質である善なる心のことを言い、全員が持っているものです。

彼ら一人一人のプリズムショーがこんなに個性的なのも、それぞれの魂の色だと思うのです。

なぜこの仏性がプリズムの煌めきなのかというと、プリズムの煌めきも「その人の魂だけが持っている輝き」だと思うからです。きっと同じプリズムの煌めきはあの世界には何一つないのだと思います。まったく同じジャンプも、まったく同じプリズムショーもないように。

菱田監督が以前「プリズムの煌めきがない人なんていません」とおっしゃったことがあったと思います。誰の心にもある、それこそGiftでりんねちゃんが歌っているような「誰もがみんな持ってる自分だけのSpecial address」なのかなと思います。

以前キンプリと出会った喜びについてつづった記事の中で、このようなことを記しました。

私個人はプリズムショーは彼らの「心」(魂と言ってもいい)の「プリズムの煌めき」だと感じています。

キンプリから教わった大切なこと - おたくで幸福を科学できるのか。

なぜプリズムショーを見て感動するのか。私個人は、どうして感動したのか。

考えてみたときに、彼らの精いっぱいの「心」や「魂」を見ているからだと思いました。「プリズムショーは心の煌めき」で「プリズムジャンプは心の飛躍」です。

心って絶対に嘘がないです。嘘がないから見ていて感動するのだと思いました。シンくんたちはどんなときも絶対に手を抜かないで全力で一生懸命で、だからこそ、その姿が胸を打つ。

プリズムショーは「愛」だと、スッスッスを見てきて思いました。みんなの心が飛躍したきっかけは何か考えると、「自分の事も他人のことも愛することができた」のではないかと思います。

「自分のなかには、仏性がある」と信じるということは、どういうことかといえば、「自分のことを自分で愛せる人間になる」ということだと思います。

『徳ある人への第一歩』/第2部 自立した人間になるためには

キンプリに登場するみんなは、自分の事にも、他人のことにも一生懸命で、自分の事も他人のことも力いっぱい愛する努力をする子たちです。

なかなか自分を愛そうって思うことも難しいから、努力をしなければいけません。でも、スッスッスの最終回で描かれたように、プリズムの煌めきが自分たちの中にもあると信じられたら、無限に力が湧き出る気がします。

キンプリを大好きであればあるほど、励まされる力は強いはずです。だって、今までキンプリが持つ「プリズムの煌めき」に魅了されてきたからです。それと同じものが自分にもあると思えたら、信じられたら、どんなことも頑張れる希望になるなぁと思いました。

 

法月仁について

仁は、自分を愛せない人間だと思います。彼はそんな自覚ないでしょうし、ある意味で「自己愛」の強い人間でもあると思いますが、本当の意味でずっと愛に飢えていたし、愛を求めている人でした。

認めてほしい、愛してほしい、ほしいほしいの気持ちが強かった彼の中で、ただただ彼に寄り添ってくれていたルヰくんは、もしかしたら仁にとって初めて代償なくそばにいてくれる人だったのかもしれません。

仁の母親は格を重んじる性格だと聞いていますし、「○○でなければ愛されない」や「○○しなければ価値がない」と刷り込まれてきてしまっていたのだと思います。

愛されるために何かを探したり、認められるために何かをしなければならないというのはとてもつらいでしょうし、実際に仁はそれで(汚い手を使っても)結果を出しているので、努力家でもあるしあらゆる才能もあるのだと思います。だからこそ、満たされないものが強い。聖を理由にすることで、満たされないものをごまかしているように見えます。

ルヰくんのショーのあと、仁は聖がジュネ様のショーのあとにしたように、力尽きたルイくんに駆け寄って抱きかかえます。 聖のあの行動はジュネ様を愛しているからの行動なので、それに当てはめると、仁もルヰくんを愛しているのだと思います。

仁の変化は大きく語られていませんが、1話から見ていったときに、確実に彼にも変化が訪れているのがわかります。

聖を屈服させるのにプリズムショーでなければ意味がないという発言が飛び出したのも、彼の心の変化の一つからくるものだと思います。仁のセリフを逆説的にとらえていくと、仁自身がプリズムショーに心を動かされている人間だということがわかる気もします。

「法月に似たのでしょう」という母親からの言葉が、仁にどのように響いたのかはわかりませんが、複雑な気持ちの中にも、光が差し込むような温かさがあったのではないかと思います。というか、あったらいいなーと思います。

速水ヒロのプリズムショーが、エーデルローズのみんなのプリズムショーが、黒川冷を慕うアレクのプリズムショーが、そして仁を慕うジョージのプリズムショーが、彼の心を様々に照らし出していったのかもしれない…?と思うと、幸せな気持ちになります。

仁は聖にすべてを奪われたと思っているでしょうから、聖からすべてを取り上げれば自分も幸せになると思ったはずです。でも奪っても奪っても、求めたジュネはすべりおちて聖にかえっていき、押し付けた負債はなんだかんだで返され、聖はプリズムの煌めきの中で幸せそうに微笑んでいる。

奪ったからって自分が満たされるわけではないということを、ルヰくんが隣にいてくれたことによって仁は気づいたのかもしれない…。

先ほどプリズムショーは愛だと書きましたが、愛が何かが分かれば、プリズムショーで感じられる煌めきも大きくなるのかもしれないです。仁が、なんとなく自分の胸にもあたたかい、愛というプリズムの煌めきがあると思った場合、ああいった形でエーデルローズと決着をつけることはできなかったのかな、なんて思ったりもします。

 

仁は大人なので、そんなに簡単に心に刺さっているとげを抜くことはできないかもしれません。母親は仁よりもそれが強いと思います。

しかし、ジョージのように仁に憧れているプリズムスタァもきっとたくさんいるし、仁によって心が煌めいた人たちもたくさんいるでしょうから、その人たちの愛にも目を向けられるようになるといいなぁと思いました。

でも仁のことはまだまだよくわからない!わかるようで、そんな単純で簡単なものではないだろうとも思います。仁もどしゃぶりにハッピーになってくれるといいな。

 

 

ううん……………ごちゃごちゃだし感想…なのかもわかりませんが、ひとまず、ここで畳みます。加筆修正するかもしれないし、ちょっと……あれだったら下げるかもしれません…(びびり)

(5/10に少し加筆しました)

 

実はキンプリに関しては、下書き状態の記事が3つほどあります。今回はその時の記事も足しているので、やや内容が…ただの感想にぶち込まない方がよかったかな…という部分もあります。お気を悪くした方がいたら申し訳ありません。

改めて、素晴らしい作品に出会えたことと、素晴らしい作品を作ってくださったみなさまに心から感謝申し上げます。

キンプリに出会ってから、私の人生は本当に楽しくなりました。世界は輝いていると確信できたからです。そして、今回スッスッスで教えてもらった、「世界はどんな時も輝いている」ということを、私は絶対に忘れないと思います。

たとえ気分が落ち込んだ時でも、つらいことがあったときでも、どんな状況にあっても、世界は輝いていると確信できるものをもらいました。何よりも、明日を一生懸命生きることを誓ったのです。

こんなにたくさんのものを与えてもらって、こんなに心動かされる作品に出会えて…20世紀で最高の出来事です。(21世紀です)

 

まだまだ続きが出来そうなキンプリ。まだまだ続きが見たいです。ひとまずですが、スッスッスという一つの決着(…?)を見られて幸せでした。太陽のように、何億年も前から、そして何億年後もキンプリは続きますよね!!!!

毎回毎回見るたびに最高の作品をありがとう!と声を大にして叫んでしまいますが、今回も最高の作品をありがとう!!!の気持ちでいっぱいです!!

どうしたらこんな作品が作れるんだ!さいごまで責任取ってもらわなきゃいけませんね!!