おたくで幸福を科学できるのか。

信仰とおたくを心のままに綴り最終的にシンクロします

平成と令和のあいだ

f:id:mochigomefs:20190501021726p:plain


冷静と情熱のあいだのようなタイトルになってしまいました。令和になってすぐワンドロした正真正銘のかきぞめイラストです。令和もよろしくおねがいします!

素敵な時代になっていってほしいですね。素晴らしい時代をつくっていきたいですね。

新しい時代の幕開け。不思議な気分です。年明けを迎えるときのような少しのそわそわと、期待のドキドキと、まったく初めての経験だからか、不安で涙がじんわりとにじんだりもしました。今でも少し切なくて涙が浮かんできます。

年明けと違うのは、自分や周りだけでなく、国も一緒に「新しい」を迎えるからでしょうか。日本も同じようにドキドキしているんでしょうか。新しい日本に乗せてもらっている今の私たちは、未来の日本に素晴らしいものを残していけるでしょうか。

私は平成に生まれて、平成しか知らず、平成をただただ生きてきました。

じつは周りの友人が口々に言うほど、自分にとって「平成最後」は大きなものではなかったです。終わるから、次が来る。その程度の考えでした。

元号ときいても元号が変わるだけで、その瞬間に山積みの問題がすべてパアになるわけでもないし、厳しい時代の負の遺産は持ち越されてしまうのに。なーんてすれた考えをしていました。

仕事を終えて、電車に揺られ、バスに揺られているときに、まるで一日が終わるかのように自然な流れで「平成が終わる」ことを実感しました。終わりを実感した瞬間、自分が生きてきた平成が、とても愛しいものに思えてなりませんでした。

平成は災害も多く、景気もそんなによくなく、明るいニュースばかりの時代ではなかったかもしれません。それでも、自分が生まれ、生きて、そして生かされてきた平成を「失われた時代」だとか、「震災の時代」だとか、そんなふうにはとても思えなかったし、思われたくない。

まちがいなく、「私の生きた時代」は平成なのだと自覚したとき、平成を愛していたんだなぁと実感しました。

 

しかし、私はただ平成を生きただけで、その年月に何かを残すことが出来ただろうかというと「何もしていない」の一言です。何もしていません。

私は平成でたくさん愛されたんだな。自然にそう思えました。平成の時代の私は、たくさんの人に支えられ、友人に助けられ、家族に育てられ、環境に育てられ、多くの人に導いてもらって、そこでわがまま勝手に生きている子供の時代だったのかなと思います。

2018年頃から少しずつ「ひとつの時代を象徴するようなもの」がうしなわれるニュースがありました。その時に、「新しい時代」が来るんだなぁと、他人事のようにいつもニュースを見ていました。新しい時代には新しい風が吹くから、亡くなったひとたちは新しい時代のために天上界で活躍をするんだろうと思ったし、失われていった制度や建築も、新しい創造のために朽ちていったのだろうと。たぶん、私自身もこれにあてはまるんじゃないかと、今日記を書きながら思っています。

私は「平成」の人間だと感じています。新しい時代は、令和の人たちが紡いでいくものにきっとなるんだろうと思います。今まで、多くの人に支えられていたから自由気ままに生きていられたけれど、今度は私が人にしてもらったように、平成で教えてもらった善いものを人に伝えて、与えて、導いていけるようにする番なんですね。

そんなわけで、令和はきちんと大人になっていきたいと思いました。小学生の作文のような気づきと目標ですが、心に銘じて、新しい時代を背筋伸ばして歩いていきたいと思います。

 

元号が変わるだけで、こんなにもぴっと心が引き締まるのだから不思議です。新年よりももっと、もっと広い範囲で慶びと期待を共有しているようなきもち。

時代の変わり目に出会わずに生きることも、もしかしたらあったかもしれない。でも今こうして、改元して、新しい日本に進もうとしている。その瞬間に出会えた人間として、日本という国がまた千年、二千年と美しく発展していけるよう、素敵な歴史を紡いで行ける日本国民のひとりでありたいと改めて強く思いました。

 

改元にあわせて、ヘタリアの日本のキャラソンである「日のいずる国、ジパング」を久しぶりに聴きました。「天を照らす神のもと、私たちの歴史、また千年紡ぎましょうね」という部分に胸が熱くなる。

それにしてもヘタリアのおかげで楽しい平成だった!ありがとうヘタリア。ありがとう平成。よろしく令和。