おたくで幸福を科学できるのか。

信仰とおたくを心のままに綴り最終的にシンクロします

「BANANAFISH」を読んだ感想

「この作品で人生が変わった人ってたくさんいたんだろうな」…読みながら、頻繁にこんなことを思っていました。

ノイタミナ枠で放送中の「BANANAFISH」。言わずと知れた不朽の名作で、数多くのファンが知り合いにもいました。世代であろう方にお話を聞けばみんな読んでいたし、だれもが口をそろえて「名作だ」と言う。自分の中では、そんなレジェンド的作品の印象がありました。

アニメを見てみて、もっと英二とアッシュのことを知りたいと思ったころ、気が付いたらアニメイトで文庫版を全巻購入し(新装版にしようか悩みましたが手軽さを選びました。重かった笑)、土日に一気読みしました。 

BANANA FISH バナナフィッシュ 全巻セット (小学館文庫)

BANANA FISH バナナフィッシュ 全巻セット (小学館文庫)

 

名作って名作なんだな…という小学生並みの感想と、ぐるぐる渦巻くたくさんの感情と、整理できない涙がこぼれおち、少し落ち着いたし思ったことをメモだけでもしてみよう。と思ってこれを書いています(いつものやつだよ)。

※ ネタバレ配慮ゼロです

感想そのいち

全体をさらう普通の感想を可能な限り手短に。本当に面白かったです。アニメの絵に慣れていたので、初期は絵が苦手かな?とも思いましたが、面白いので読めました。特にBANANAFISHがコードネームだと分かったあたりからでしょうか。英二とアッシュの関係もここから濃くなった気がします。物語としても後に戻れない緊迫感を帯びてきて。この辺になってくると、次、次…とどんどん読めてしまいました。

読み終わって感じたのは、無駄なエピソードもキャラクターもいなかったなぁということ。素晴らしいことだと思います。すべてのシーンがきちんと未来に繋がっていき、運命が収束していくストーリーテリングは圧巻でした。

読む前に「エンディングについて感想を教えてほしい」と言われていたので、色んな覚悟をしていたんですが、今のところ言葉になりません(何で書いてるんだよ!)。これを言葉にするために書いている…待って…この記事の中で見つけてみせるから…。

 

嫌いになれないゴルツィネ

彼と会話が出来るわけではないので勝手な思い込みですが、正直ゴルツィネの気持ちは「わかる」と思ってしまう。ろくでもない悪党でゲス野郎でクズですが、彼にもアッシュ・リンクスに魅せられた一人の男という側面があるからでしょうか。高校生の頃に読んでいたら共感できなかったキャラクターだと思いますが、二十も超えると正直彼の執着や野心や理想は、「わからないけどわかる」。

彼がアッシュたちにした仕打ちを忘れることは無いですが、ゴルツィネも悲しかったし苦しかったところもあるのかもしれない…なんて考えてしまいます。

彼は支配者でしかないからやはり善き指導者になることはできないし、彼はアッシュを支配したかったので、とても愛とは言えないです。それでも、そもそもゴルツィネは愛を知らない人間だから、彼にとっての愛はああいう形だったのかもしれないと思ってしまいます。

奪うことしか知らない人間は、やはり誰かに何かを与えることは出来ない。彼ももしかしたらアッシュを慈しむように愛したかったのかもしれない……なんて思ったり。どちらにしろ、アッシュに強く魅かれていたのは事実だし、彼の最期の選択を見ても愛しているのはまったくの嘘ではなかったんでしょうね。だからどこか嫌いになれない。

 

大好きなショーターとシン

ショーターが大好きだった私は、自然とシンも大好きになりました。シンの男らしさとまっすぐさ、熱いところが本当に大好きです。ショーターの優しいところも。

作品を見ていても分かりますが、シンを見ればショーターがどんなに優れていて愛されていたボスだったのかがよりよく分かる。ショーターが命を懸けて英二をずっとずっと大切に守ったように、シンもそれをしっかり受け継いでいる。

ショーターが殺戮現場に居合わせた英二に対して「お前向きじゃない」と止めるシーンがありますが、ショーターにとっても英二は穢したくない善の象徴だったのだと思います。

シンの英二に対する愛情はもうちょっと考えたいところがあって、まだ自分の中でもまとまっていません。月龍はシンはアッシュに心酔していると言っていますが、どちらかと言うとシンは英二寄りの人間だと感じます。アッシュのカリスマには魅せられているけど、シンは英二の親友、ショーターはアッシュの親友かなと。

もしかしたら英二以上にアッシュに囚われているのはシンなのかもしれないと番外編を読んで感じてしまいました。英二に対してもあるし、誰よりも深いところでアッシュのことが引っ掛かり続けているのはシンなのかも。

シンは登場人物の中でも、特にまっすぐ幸福に向かって生きて行ってほしいキャラクターです。英二やアッシュとはまた違った意味で、とても大好き。セルゲイは男として好きです(突然ぶっこまれる男の好みの話)。

 

アッシュ・リンクス

読みながら何度か、アッシュ・リンクスはまるで花火だと思いました。華麗で美しくてみんなが見上げてしまうけれど、すさまじい熱を放って一瞬で消えてしまうし、夜空にしか存在できない。でもみんなの心に強く印象を残す。花火を手に入れたくて火傷したのはゴルツィネでしょうし、火薬分量を間違えて自爆したのは月龍でしょうか。正直言っていてあんまりしっくりこないからいつか書き直しますがひとまずこれで進めよう…。

強烈な個性で人を惹きつけるアッシュに、読者である私も魅せられました。今となっては、アッシュが好きだから英二が好きなのか、英二が好きだからアッシュが好きなのかも分からない…でもアッシュから目をそらせない。そんなキャラクターになりました。

彼の人生は地獄そのものだと思うし、彼が選んだ道も修羅の道だと思います。それでも自由を求めて生き続けていた彼は美しいと思ってしまいます。英二が「奇跡の生」と表現していましたが、うたかたの命を燃やしているから彼に惹きつけられるのでしょうね。

 

奥村英二という人間

この作品の登場人物における「善」の象徴が英二。特にアッシュ。

英二は善人でお人好しですが、別にそんなに「善のかたまり」みたいなわけではない。それでもアッシュから見た英二は、それは眩しくてあたたかくて、幸福そのものだったんだろうと思います。彼といるだけで幸福を感じるし救われた気持ちになる。アッシュにとっては英二は「存在そのものが光」だったんですよね。

アッシュが英二について思うとき、どんなことを感じていたんだろうと考えると、胸がギュッとなります。やさしさ、なつかしさ、愛おしさ、よろこび、幸福、あたたかさ、安心感、信頼、ぬくもり…やさしくてあったかいこれらの感情をひとまとめにするなら、やはり「善と愛」だと思うんです。

アッシュとショーターとの出会いを描いた番外編で、アッシュは「食物連鎖の一番下が俺なんだろ」と自嘲しますが、生きてるだけで肉体的にも精神的にも屈辱で制圧されてきたアッシュにとって、「性的な目で自分を見ない英二」はそれだけで気を許せるし信頼できる…というのを読めば読むほど感じます。アッシュの人生で「気が休まる」なんて言葉程遠いですからね…。

みんなが英二を見てスキップを思い出すよって言っているのは、英二のあどけなさもあると思いますが、「絶対にアッシュを不快にさせるような性的な目で見ない」というのが大きいんじゃないかと思いました。アッシュがあんなにスキップに心を許してかわいがっていたのもそういうことだろう。気を許せるという安心がそこにあったし、「優しくしたい」と思える存在だったんだと思います…スキッパー…。泣

 

「愛」について考える

英二とアッシュの間にあるものは「愛」としか表現できないと思いました。「信頼」「憧憬」「友情」「慈愛」「友愛」…きつい言葉でいうなら「執着」や「依存」と捉えることも可能な関係かもしれないですが、私は「愛」だと思いました。

奇跡のような二人の出会いを思うとやはり涙が溢れる。当事者だけでなく、周りさえもお互いこんな人間にはもう出会えないだろうと確信する。だから「よくない」と思っていても「止める」ほうを良心が咎めてしまう。

英二に出会うまでアッシュは愛を知らなかったし、出会ってから彼は英二をうしなう「孤独」という恐怖にも出会う。 愛がアッシュを強くもするし脆くもする。それでもアッシュの中で一番輝いているのは英二への「愛」なんですよね。これが彼の心に光を灯し続けている。

アッシュが抱く英二への愛 

アッシュが抱く英二への強い愛はどこから来ているのか。私は「自分と重ならない部分」を愛していたんだと思います。

アッシュは英二に何度も住む世界が違うと言う。それでも違う世界の英二を隣に置いている。英二に「見られたくない」と言ったのはたぶん本当に本心で、アッシュは英二を強く求めているから、英二に拒絶されることを恐れている。何度も「俺が怖いか?」と聞くのも。

アッシュはたぶん自分のことが好きではないから、英二の世界に自分が侵食していくことが恐ろしかったのかな。彼の中には「英二は自分とは無縁の、平和で穏やかで優しくてあたたかい陽だまりの世界の住人」という考えがあるし、そうであってほしいと願っているところがあるから。アッシュと英二はお互い特別にひかれあっていながらも相手のことを深く知る他愛のない会話はしてこなかったというのが、アッシュが自分の世界から英二を遠ざけていた証拠だと思っています。決定的な瞬間はショーターとの別れですが、あの時にアッシュも英二もお互い側にいる人生を「選んだ」んだなって。

英二がアッシュに対して送っている言葉も、アッシュが英二に対して注いでいる愛もずっと変わっていないけれど、アッシュはその強烈な生い立ちと自分の個性から、彼自身が自分と英二を区別しているし、交わらないものだと考えているし、交わるべきではないとも考えているふしがずっとあると思うんです。だから英二のどんな言葉も、純度100%でアッシュに届いていたとしても、本当のところ彼は30%しか受け取れてないような状態だと思う。

人の感情や言葉を受け取るためには、自分にそのキャパシティが必要です。特にアッシュは英二のことになると視野が狭くなる。それはアッシュ自身と英二のかかわりにおいても有効だと何度も感じました。何度英二が日本に行こうといっても、彼にその言葉が本当の意味できちんと届いたのはずっと後。彼はその時初めて英二の愛情を自分と同じものだと信じられるようになったんだと思います。そして、完全に重なったのはラストシーンだと思います。

彼は英二の「善と愛」を本当に愛していたんだと思います。同じものが自分にはないってたぶん思ってたから。でも英二はきっと同じものを見出しているし、彼の中の純粋なそこを愛していたんだと思う。

英二が抱くアッシュへの愛

英二が抱くものは母性に近いと思いますが、それとも言い切れない。ひたすらにその人を包み込んであげたいという慈愛が強いと思います。悲しみにも喜びにも、彼の素直な感情の揺れ動きのすべてに寄り添ってあげたかったんだろうな。

「山猫:アッシュ・リンクス」というレッテルが最初に来てしまうアッシュにとって、自分を最初から「アッシュ」として見つめて、接して、受け入れてくれた英二は地球上に二人と存在しない特別な人間だし、英二の前でしか出せない素直な感情をもっと広げてあげたかったのかなと思います。だから平和な日本に連れて行きたかったのかな。

英二の気持ちは手紙のとおりだと思いますが、願わくばアッシュも言葉で英二と出会った喜びや美しさを英二本人に伝えてほしいと思ってしまいます。言わなくても英二は全部わかっているんだけど…。

番外編のシンと英二の関係も特別なものですが、英二はこれからアッシュのすべてを抱きしめて、なぞって生きていくんだと思います。「ずっとだ」と言った言葉通りに。英二の“誰かに奪われる心”は永遠にアッシュとともにあるから奪い様がない。英二がこの先誰かをアッシュ以上に愛することはきっともうないんだなと思うと、やっぱりシンの気持ちになってしまいます。「ちくしょう。永遠に英二を手に入れて満足かアッシュ」みたいなね。

 

「幸福」とは何か

英二と出会わないアッシュの人生は幸福とはきっと程遠かったし、「幸福」を意識することもなかったのではないかと思います。英二も同じく。

セルゲイが「愛して滅びる道を選んだ」とアッシュのことを言っていますが、あの時のアッシュの英二の愛し方だと確かに「愛して滅びる道」を選んでいると思う。でも次第に英二の心をまっすぐに受け止められるようになるにつれ、「愛して共存する道」を選べるようになっていく。そしてそれが彼に拓いていった幸福だと思います。

この作品における幸福を考えるとしたら、やっぱりアッシュと英二が日本で一緒に暮らしてワイワイ普通の男の子たちのように生きることかもしれないと思わないこともないです。それもきっとひとつの幸福のかたちだと思います。

それでも、アッシュが選んだのは愛の中で生きるという幸福なのかなと。とりあえず最後につづけます。

 

NY市立図書館でのラストシーン

「Today is a very good day to die」

ラストシーンのアッシュはそんな状況だったんだろうと思います。アッシュは「このまま死んでもいい」と思ってしまえるほど幸福だったんじゃないかと思いました。

アッシュが特に愛した英二の魂は自分と重ならない部分じゃないかと前述しました。でもラストシーンではぴったりと重なっている気がするというか、アッシュは「英二の世界に抱かれている」状態だと思うんです。

アッシュほどの修羅場をかいくぐってきた人間がどうにもできなくなるとは思えないから、「自分で選んだ最期」があれだったと考えるのがやはり自然だと思う。じゃあなんであれを選んだのか。「幸福の頂点に到達した」からだと思うし、アッシュの人生であの瞬間ほど幸福だったことはきっとない。そしてこれからも多分ない。死ぬならこの幸せでたまらない感情のままで、自分が愛した世界に包まれて、心休まる静寂とともに。「アッシュ・リンクス」ではなく素直な彼でいられるNY市立図書館。愛してやまない「奥村英二の世界」にくるまれ、英二からの優しくてあたたかい愛の言葉に満たされて満たされて、「人生で一番幸せだ」と思った。その瞬間を選んだ。

だって、アッシュは絶対に死ぬまで英二の手紙を読み返していたはずなんです。わからないけど!私はそう思った。だから私の中ではそう。体中の血が流れて、意識がもうろうとしていく中で、痛みをこらえながらも彼は幸せでたまらなかった。死ぬまで何度も何度も何度も、繰り返し繰り返し英二の手紙を読み返していたんだと思うんです。死んだ後でも何一つ忘れずに思い返せるようにーみたいな祈りを込めながら。

英二に「死にたいと思ったことはない」と言っていたアッシュの言葉を思い返すと、「この瞬間に死ぬことを選んだ」であろう彼の死には、やはりいろいろ感じるところがあります。

完璧なエンディングだと思いますが、悲しいとも思います。まだ見ぬ日本に行きたいという気持ちにさえなっていたアッシュがあの場でとどまった。それこそがアッシュが英二を愛していたという気持ちのすべてなのかなぁと思います。あの手紙できっと、最大限英二の愛を感じてしまったものね。

英二の世界は平和な日本で。自分の世界はこの混とんとしたアメリカ。日本をまだ見ぬアッシュは、英二の世界に自分が踏み込むことをやはりずっと恐怖していたんじゃないかと思います。アッシュは自分のことが好きではないから。そして、英二が幸せなら自分も幸せだと思えた。だからこのエンディングなんだと。ずるいですよね。シンはこんな気持ちなのかなと思いました。「ずるい。満足かちきしょう」みたいな。やっぱりシンが超超大好きです。

「バナナフィッシュにうってつけの日」のラストは「今日は死ぬのにうってつけの日」でまとまったのかもしれない。これが現段階での私の結論だ!!!

 

BANANAFISH」という作品

タイトルになっている「BANANAFISH」は作中のBANANAFISHともうあまり関係がないと思います。この作品は「奥村英二と出会ったアッシュ・リンクスの人生と、アッシュ・リンクスと出会った奥村英二の永遠の季節」を描いていると思ったからです。

ただ、“BANANAFISH”を“死を呼ぶ魚”として捉えてタイトルと一緒に考えるのであれば、アッシュ・リンクスは作品の中においてそうと言えなくもない…という悲しいことを考えてしまいました。アッシュ本人も自分の名前が殺戮の号令になると嘆いていたし…。

ただBANANAFISHがアッシュの最期に出会わせたものは、悪夢ではなく幸福な夢だったことが救いですね。

 

最後の感想

ラルクのI'm so happyがラストシーンのアッシュだと思えて仕方ない。

この記事で一番言いたいのはこちらです。以上。

 …この曲は様々な解釈がされている曲ですが、血の通った遺書のような歌詞や、穏やかで柔らかなメロディとゆっくりと訪れる死はまさにアッシュのラストシーンだなって。

絶対にアッシュは「I'm so happy with love」だったと思うもの…。彼が死の間際思ったことは絶対にこれだと思う。

I'm so happy

I'm so happy

  • L'Arc~en~Ciel
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

アッシュは人を殺しすぎているし、当然神に裁かれるべきではあります。それでも、破壊と闘争、混乱と狂気の中でもがくように生きていたアッシュが、安寧と静寂と、求めて止まなかった無限の愛に包まれ、慈しみに抱きしめられた中で眠れたことを読者として幸福に思うし、物語として美しいと思います。

英二と出会ったから、アッシュ・リンクスの人生には「愛」や「希望」や「よろこび」、「幸福」が生まれた。「人間」として自分を見て、「人間」として自分を愛してくれる存在に出会えた。彼の人生において、それがどれだけ美しいものだったのかを考えると涙が溢れます。

私の人生においても、アッシュ・リンクスという「奇跡の生」に触れられたことは特別です。きっとこの先何度も読み返すし、何度も英二とアッシュについて考えると思います。

 

 

全然まとめたいことがまとらまないですが、このまま無限に続けるのも…なので、今回はここでいったん終わらせます。

まだまだ読み込みが浅い…(1回しか読んでないから当たり前なんだけど…)。月龍のことも考えたいので、いつか続きを書くかもしれません。そしてその時はこれと全然違うことを言っているかもしれないし解釈違いだ!とか言ってるかもしれない笑。サリンジャーの小説もきちんと読みたいですね。

 

この作品を読んで強く感じたことが一つあって、それは「誰もがたった一人を探している」ということ。そういう音楽や作品はやはり人気があるし、誰もが自分の魂に寄り添ってくれて、心を預けられる存在を求めているし、それによって生まれる暖かい感情に満たされたいんだなと思いました。

きっとそこに「永遠」を感じるからかな。

 

おまけ

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アッシュの誕生日にノイタミナカフェに行ってきました。これは驚異的に写真を撮るのがへたでブレまくったものです。狡嚙さんもお誕生日が近かったので狡嚙さんのメニューもありました。トーフサンドイッチ、本当にトーフでした。不思議なサンドイッチだったので家でも作ってみようと思います。