おたくで幸福を科学できるのか。

信仰とおたくを心のままに綴り最終的にシンクロします

「あなたの知らない地獄の話。」を読んでの感想

発刊前に重版が決定するなど、ちょぴっとセンセーショナルな書籍『あなたの知らない地獄の話。―天国に還るために今からできること―』。

夏(お盆)にピッタリな“地獄”の話です。

内容はタイトル通りで【あなたも行くかもしれない現代の地獄】を序章とし、第一章は【地獄界入門】。こちらでは“まだ浅い”というのに殺し合いを繰り返す「無頼漢地獄」や孤独なサラリーマンが多くいるといわれる「土中地獄」、エゴイストが行く「すり鉢地獄」、人が動物の姿になる「畜生地獄」、欲望の強いひとが行く焦熱地獄、そして“地獄のボス格”がいる「悪魔界について言及しています。さらに地獄にはどんな人が行くのかを説いて〆。なんとこれでもまだ一章です。ボリューミー…。

続く第二章は【地獄界探訪】。 こちらでも地獄を紹介しています。まず始めにテロの惨劇を繰り返す「阿修羅地獄」、女性が監禁されている「色情地獄」、最後に食べ物を取り上げられる「餓鬼地獄」。こちらの3つは割とメジャーな地獄のイメージです。なんとなくイメージがある方も多いのではないでしょうか。こちらの章でも、地獄に落ちないための生き方を説いて〆。

第三章は【悟りの原点を求めて】。この章は<天国・地獄を分ける3つのチェック基準>という副題がつけられています。二章、三章と地獄に落ちる人・地獄に落ちない生き方をまとめで説いたので、何が天国と地獄を分けるのかが説かれています。“天国的”な人はどんな人なのか、自分が今死んだらどっちに行くのか…など、かなり反省させられる部分が大きいです。

必読本と言われている本書ですが、まえがきからすでに重要さがヒシヒシです。以下抜粋。

本書は、できるだけ各人に一冊は自分の繰り返し読むべき本として、身近に備えて置いてほしい。余命が短い人は、必読書として学ぶべきであり、葬式を出した家族にとっても、生きている人たちが本書の内容を理解することが故人の供養と救済となる。

──『あなたの知らない地獄の話。』まえがき

 また、「現代人の約半分は地獄行きといわれている。」とも書かれています。怖。

無事読了いたしましたので、個人的な感想を綴っていきたいと思います。

 

“ひとごと”じゃないリアル

地獄というものは、罰や責め苦として与えられているのではなく、自分自身の心が作り出している世界です。

納得と同時に、「どうしようもない…」と頭を抱えたこちらは、序章の一文です。

神様がいるならどうして地獄や悪人、悪魔を野放しにしているんだという議論は尽きませんが、そのことに関しても言及されていました。その中でも「地獄は責め苦ではない」という一文に「なるほど」と思ったのです。後述しますが、神仏が見逃せないボーダーラインがあって、赤点を取ったら追試だよ。自己責任だよ。という感じです。

もうひとつ、読み進めていくとわかりますが、地獄に行った人でも必ず「自分で気づくことが必要」というのも「Oh...」となります。確かに、自分がかたくなな時は誰のどんな言葉も耳にも頭にも心にも入ってこないので、そりゃそっかと。そういう点も含めて、すべてが“ひとごと”ではないと思いました。

自分は大丈夫かなーなんて、全部が全部冗談でも思えないです。やはり聖人君子のようには生きられないですし、怠惰な日も心が荒れる日もどうしても出てきてしまいます。それでもそういう日を逃さずに、きちんと反省し心をととのえることが大切だと改めて感じました。まさに「知っていると強い」。

また地獄の描写がリアルで…無頼漢地獄の描写から始まりますが…ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムです…。こんな責め苦をディアボロは味わっていたのかと思うとぞっとします…。あと土中地獄とか絶対独歩行くやつ…。

 

人は死後、それぞれの心境にふさわしい世界に行く

例えば自分が「今すぐ死んだら絶対地獄行く」っていう気持ちのとき。実際死んだらどうしようっていう、言われてみれば当たり前な恐怖を覚えました。 この瞬間に死んで、果たして自分は地獄に行かないでいられるのか…?自分が死んだということをすぐに自覚できるのか…?その死を他人のせいにしないでいられるのか…?と思った時に、「あ。絶対無理だな。」と思ってしまいました。(しゅぎょうがたりないよ!)

読んでいると全ての地獄に自分の傾向があって、本当に怖かったです。自分をしっかりと知ることは大切だと痛感しました。

そして、可能な限り心を平和にすることも。自分にとっても他人にとっても、その人の心が平和でご機嫌であることは絶対に善だし、気持ちのいいことなので、素直にそういう気持ちを持っていたいと思います。

 

反省のてびき

様々な地獄が紹介される本書では、「こんな気持ちが行き過ぎるとダメだよ」ということも解説されています。それが、程度は違えど自分にも当てはまることがとても多い。ちょっとあの人のこと妬んじゃったなーとか僻んでしまったなーとか。気持ちが後ろ向きな時は「どうして私だけ?」や「なんで私が?」という気持ちがむくっと湧き上がることもあります。

こういった一つ一つを「あ…そういえば…」と反省に促してくれるのがとても良かったです。自省しようと思ってもきちんと習慣化されていないと、朝から晩までの出来事をじっくりと思い返すことはできません。というか、私個人は修行不足なのでやはり強く印象に残ったことしか反省できない…というのもあります。ただ、本を読んでいると「そういえば」でふっと浮かんできます。それは1日だけではなくて、何年も前のことも。

そうすると、自分でも知らないうちに刺さっていたとげが抜けていく感覚というか、知らないところで自分も、その時の相手も許せていなかったんだ。ということに気付く。

今の自分はこの地獄に近いんじゃないかなー?と思ったときに、その項目だけでも読み返したいです。読めば読むほど、繰り返し読み返さないとダメだな…という気持ちが強くなる…。

 

天国的なものと地獄的なもの

幸福の科学の教えの中で頻繁に出てくるのが、この二つの価値観です。私も子供のころ、「地獄的なものに触れすぎないように」と言われました。いわゆる猟奇的だったりサイコサスペンスだったりディストピア作品などがそうです。でも世の中にあるアニメや漫画はどちらかというとそっち系のものが多いし、そのほうが面白いじゃんと思っていたので、昔はあまり聞き入れてませんでした。

でもいろんな舞台を観に行くようになって、「生の熱」というものを感じるようになった時に「この思想に染まったらダメだ」と警鐘を鳴らされたときがありました。その時に初めて、「天国的」なものと「地獄的」なものの意味が自分の中でわかりました。

何が言いたいって、信じる信じないとかはもう二の次だとしても、「天国的な価値観」と「地獄的な価値観」があるということを最低限でも知らないといけないと思ったんです。何が善で何が悪か。その価値観があることだけでも知っていれば、白か黒を選ぶことはできるし、今の自分が白なのか黒なのかが分かる。ポルナレフジョースターさんたちは白!というモノローグにもありますが、「正しいことの中」に自分がいるという自覚を持つためには、それが何かを理解できないといけないと思うからです。

そして「これはどちらなのか」を自分で理解しておくことが、作品を楽しむ上でも影響を極限まで受けすぎないセーフティネットにもなると思うんです。行き過ぎるとどんなものも楽しめなくなってしまうので上手なバランス感覚を身につけなければいけませんが、やはり物差しとしてきちんと持たないといけないなと思った次第。

 

あの世の偏差値は信仰

本書には、「地獄界は基本的に信仰心がない人たちの世界です」と説かれています。考えてみれば当たり前ですが、この世界にいる人たちはそれにも気づかないのかな…と思うと怖いです。そもそも信仰心がなければ地獄があるとか考えもしないとは思うのでそりゃそうなのですが。

今の日本はあまりにも信仰という言葉も価値観も遠くにある気がして、口に出して誰かに伝えることも難しくなっていますが、肝に銘じておきたいです。

本当は思ったこと・感じたことがたくさんあったはずなんですが、何日にもまたがって書いているうちに記憶が失われました…。

 

今のオタク世界に見る地獄

ここ数年オタク人口はとても増えましたし、私個人もオタクとしてそれなりに年季が入っていますが「ここ数年のオタク世界しんどくない!?」とかなり思います。昔のこの界隈は良かった…とは言わないし、過去は過去でまた別のこともあったし、きっと未来にもさまざまあるけれど、最近のオタク生活を見ていると「これは最早地上の地獄なのでは?」と感じてしまう。

女性界隈だと結構愚痴垢が賑わっているし、それは運営に対する不満やジャンルにいる人や関係者に対するアンチ的な愚痴だったり。それでも「作品は好きだから離れられない」とかもうDV男とかヒモ男に貢いじゃう女の子だよ!みたいなね…。わかるししんどい。女の子は(無意識)マウンティングも多いですしね…。

愚痴垢が必要にならない世界になるのが一番ですが、今のオタク作品の飽和状態や人口密度を考えたときに、人が多ければ多いほど際立ったものはいろんな意味で目立ってしまうし、それに対して様々な感情を抱く人が増えてしまうのも致し方のないことだと本当に思います。感性的に捉えるか合理的に捉えるかによって得る感情も大きく変化しますし、その作品が好きだからハッピーなのに、その作品に触れて悲しい気持ちが大きくなるというのはものすごく悲しくてつらいことだし愚痴でも言わなきゃやってらんねえのも本当にわかります。私も見ちゃう愚痴スレ。そしてものすごく悲しくなる。気持ちも分かるから悲しくなるしやりきれねーー!ってなる。悲しい。

しかし愚痴を言うことに疲れてしまうし、自分が言う愚痴を一番聞いているのはほかでもない自分なんだよな…。他人の愚痴の中には金の粒も落ちていると思うんです。別の視点でとらえた場合の考えも知れるし、一人では気づけなかったことや分からなかったこともやっぱりたくさん見つかるし愚痴や文句って嘘がないから。(だから深く鋭く刺さるし…)

やはり「愚痴を読むなら飲まれるな」の精神が大事だなと思いました。強靭なメンタル。ハートの筋肉を鍛えていきたいです。なんとこの段落、まるごと全部ただの愚痴です(ブーメラン)。

あとオタクは焦熱地獄か餓鬼地獄に行きそうだな…と読んでいて思いました。肝に銘じます。肝に銘じることが多すぎます。

 

最後に本当に本当にただの感想

今回「あなたの知らない地獄の話。」 を読んでいて思ったのは、ジョジョってすげえ」でした。いや、冗談とかではなくて本当にそう思ったんです。ジョジョの悪役たちってみんな地獄にいるんです。最初の方に書いたようにディアボロやプッチ、吉良吉影なんかは本当にここに居るんだろうなと思うような地獄がありました。

そして、物議をかもすヴァレンタイン大統領について。ヴァレンタイン大統領とプッチ神父は、悪役としても思想がしっかりしており、さらに同情の余地もあるキャラクターで、わかりやすく「悪」ではないようにも思えます。私自身ヴァレンタイン大統領はどんどんイケメンになるしキャラも謎のパンチが効いているしD4Cもかわいいし大好きです超像可動最高。それ故に彼の振りかざす正義って正しいのでは?だって大統領だよ?と思うところもすこしありました。

でも、「他国の不幸を足場に幸福になる」というのはやはり奪う愛であり悪といったことが、本書には書かれています(p155くらい)。ピ…ピンポイントー!ここで初めて、ヴァレンタインってやっぱり悪だったんだ…と思えたんですね。強い愛国心を持っているし、アメリカ大統領として自国の果てしない発展を願っているのだから…とは思うけれど、やり方や見え方が違うだけでやっていることはやはり良くないよなっていうことに、ここにきて初めて…(想像力が乏しい)。好きすぎて見えてなかったなと反省しました。

国レベルで言ってるからあれだけれど、人対人で考えたときに、「他人にバレず他人の幸運をすべて吸い上げ自分が幸せになり自分の不幸を他人に押し付け涼しい顔をして会話をする友人」と考えると吐き気を催す邪悪ですよね。大統領という立場も正当性を感じさせてしまう。これを読んで初めて、いや、奥深いなと思いました。今までの敵キャラと実はそこまで本質的には大きく変わってないボスだったんですね、大統領は…。

大統領は「我が心と行動に一点の曇りなし……全てが正義だ」というハチャメチャにかっこいい決め台詞と決めゴマがありますし、彼の強い愛国心は執着にも近いので反省は必要そう…。はやく反省してね…。

ジョジョは作中で「善悪」や「正義」について強く主張する作品ですが、仏法真理に照らし合わせて読んでみると新しい側面や気づきも多く得られて、さらに楽しめるなー!と思いました。

 

自分の好きな作品のなかに真理を見つけ出し勝手に楽しむのが趣味なので…(そういうのをいっぱい吐き出したい趣旨のブログだし…)今後も勝手に楽しむこういう記事は出てくると思います。

これらはすべて個人的な見識・見解であり、所属する企業や団体を代表するものではありません。

 

 

 

最後に一つ…。

「愛の反対は恐怖心である」と書かれている下りがとても心に刺さりました。

「愛の反対は嫉妬である」という考えもありますが、「ある意味で、恐怖心である」という説もあります。お互いを愛するというのは、ある意味で、信頼感であり、安心感であるので、「愛の反対にあるものは恐怖である」という考えもあるのです。

要するに、恐怖というのは、誰も自分を救ってくれない世界なので、「愛の欠乏」でもあるのです。

 本書の58ページから引用してみました。なぜ引用したかというと、今アニメからハマりBANANAFISHを全巻購入し、読破し、無事に沼っているからです…。この部分がとてもアッシュだと…思ったのです………。BANANAFISHの感想文を近いうちに書きたいです…。

もう後半はただのおたくのおしゃべりです(いつもだよ)。