おたくで幸福を科学できるのか。

信仰とおたくを心のままに綴り最終的にシンクロします

シヴァ様のフェイトエピソードがとても興味深い

寒い日が続いておりますが、体調を崩さず健康にいたいです。あっという間に年末ですが、大掃除はこれからです。来年もみなさまにとって素敵な一年になりますように。

さて。そんな寒さを吹き飛ばす我らがシヴァ様がついに実装されましたね!サーバーが落ちたりTwitterではトレンド1位に君臨するなどさすがシヴァ様な降臨の儀が三次元でも行われました。

シヴァ様実装発表の前から、来たるシヴァ様のために貯蓄をしていたので心置きなく放出し、無事に手元にシヴァ様がいます。強い。風古戦場の前にいたら顔のいいシヴァ様で顔のいいフレイを殴るという夢のような戦場になったのかもしれません。まさか古戦場はヴァルハラだった…?グリームニルの新たな言葉が地上に生まれるところでした。

 

タイトル通り、シヴァ様のフェイトエピソードがとても興味深かったのでブログを書いてみようと思いました。

シヴァのフェイトエピのネタバレをしますので、ご注意ください。

 

シヴァ様のフェイトエピソードをざっくりと説明すると、

疫病に苦しむ市民たちの祈りによりシヴァ様顕現→病床で死を待つのみの少年の「きくうしさま…たすけて…」という祈りが急に眠っている主人公に届く→助けに行く主人公!→シヴァ様「汝に何ができる。力を示せ」→少年と主人公が対面!主人公「希望を捨てたらいけないよ」→シヴァ様の“救い”と主人公の祈りで奇跡が起こる!→シヴァ様「やばい」 少しまじめなのはこちら *1

 という感じです。

 

今回のフェイトエピって、普通に読んだら「ご都合主義」で「突っ込みどころしかない」し「話が破綻して見える」こともある気がします。

少年の祈りがどうして主人公に届いたのか。なぜ少年の街が分かったのか。シヴァ様の炎を纏うだけで疫病から身を守れるのか。なぜ奇跡が起こったのか。その奇跡がなぜあのような形になったのか。など、全体的に「祈り」による「奇跡」の連続でした。

「信仰」を描くと確かにそうなるなぁと思うことの連続だったので、面白かったし興味深いと感じました。

 

「信仰」と「祈り」、そして「神」と「人」の関係

 まず市民の祈りによってシヴァ様が街にやってきたことも一つの奇跡です。それだけ街の人々が絶望していたこともそうですが、心から神へ祈っていたということでもあります。

そして、シヴァ様を呼ぶような奇跡があるのであれば、主人公の夢に介入するというのもひとつの奇跡の連鎖としてあり得ることだと思いました。ひとつの奇跡によって神とつながり、次々と不思議なことが起こっていくのも信仰という観点から見るとごく自然ですが、描かれていると新鮮でした。 

 

「祈り」について

今回のフェイトでは主人公のまっすぐな「祈り」が、破壊神であるシヴァ様が街の人々へ与えた“救い”と作用し、街の人々の本来の運命を捻じ曲げ、街全体が疫病からの回復という奇跡を起こしました。

シヴァ様が街の人々へ与えた“救い”は要約すると、悉くを焼き尽くし、今世の苦しみを終わらせ、次の転生へ送るというものだと思います。つまり死をもたらし、シヴァ様の力によって転生へと導くということでしょうか。グラブルの世界では転生輪廻について語られていないので、シヴァ様の救いが転生をもたらすものなのか、そもそも人は転生しているという前提があるのか気になるところですが…。信仰者としては当たり前に輪廻してもらいたいですがそれはさておき。

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即答するシヴァ様大好き。

読みながら「あるんだよビィくん!」と思っていましたが、シヴァ様が即答してくました。祈りにはそんな力があるんです。

これはわたしが信仰を持っていて、「祈り」の意味やそれによって起こせる奇跡についてなど、宗教的な部分を肌身に感じているから理解できることかもしれないと思いました。

この言葉だけですべて「そうなんだよね!」って解決してしまうのです。神への信仰や相手を助けたいという素直な愛の想いから起こす奇跡が存在すると信じられれば、このフェイトエピソードはすべて納得がいくし、とても素敵なフェイトなのです。

ちなみに主人公が祈っていた時の心境はこちら。

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自分のためでなく、相手のために自分を差し出す気持ちを持った祈りになっていて、奇跡はこうやって起こせるんだよ。祈りはこうやって届けられるんだよ。というお手本のようなお話だと思います。いると確信しているとなおよかったですが。

願わなければ何も始まらないように、祈らなければ奇跡は起こせません。

そして、シヴァ様は奇跡を授かった人々のことを「本道に立ち返った」と言っていますが、これは今後疫病がはやらないように自分たちで努力をしなければならないということなのか、ご神木の腐敗からくる疫病だったので不信心をどうにかせよなのかその両方なのかが少し気になります。後者かなと個人的には思いました。

理由は続くこちらの言葉。

 

「神」と「人」の関係について

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神々の力の源はもちろん人々の信仰心です。

人々の祈りにこたえることがシヴァ様の喜び。逆に言うと祈らなければ神様であるシヴァ様はこたえてくれない。そして、信仰心がシヴァ様の力の源になるということは、祈りの強さ、信仰心の強さによってシヴァ様の力が変化する。

今回は主人公の想いの強さが大きな奇跡を生んだという、まさに「信仰による奇跡」を描いているお話でした。

以前もブログで書きましたが、アニメや漫画、ゲームなどの神は「支配」や「制圧」「理不尽」の象徴として描かれることが多く、人の営みにおいて神という存在は邪魔で、最終的に神にケンカを売り、戦う話も多く見られます。

尊ぶべき対象として神を描き、そして真摯な祈りによって助力をしてくれる神様を久しぶりにこういう作品で見たこと、そしてそれが大好きなシヴァ様だったので幸せな気持ちになりました。奇跡も、魔法も、あるんだよ。 

 

このフェイトエピソードのすきなところ

奇跡を描く難しさ

おたくとして様々な作品を見ていても、「奇跡」を描くのは難しいと感じます。それは、基本的にそれらを否定する作品のほうが多いこともそうですし、神仏や魔法、奇跡というものを信じていながらも否定する人が多いことも関係していると思います。どうしても描写される奇跡に対して「調子がよすぎる」という感覚を持ってしまうからです。

ただ神仏を信じる心と純粋な祈りから起こる奇跡は理にかなっていると思いますし、そういうかたちで「奇跡」を描写したことに少しだけ驚きました。

RPGの世界などでは聖女の奇跡のようなことはイベントとして発生しますが、グラブルはファンタジーではありながらも、やはり「スマホゲー」という認識を強く持っていたので、「結構踏み込んだな」という印象があります。

僧侶でもなんでもない主人公の強い願いが起こす奇跡。主人公は世界の特異点だからという描かれ方をしていますが、今後どのように動いていくのか楽しみです。

どんなときにも希望を見つめる

改めて好きだと思ったことのひとつに「主人公がどんなときも希望を信じている」というのがあるなーと思いました。

そして、主人公が信じた希望を世界が否定しないというのが素晴らしいです。今回のフェイトでは、それが「奇跡」という形で世界に聞き届けられました。

以前「性善説の神と性悪説の神」という話を少ししましたが、性悪説の神がいる世界では、やはりどんな希望も世界に否定され摘み取られてしまいます。だから世界が破滅へと向かってしまうと思うのですが、希望を信じる主人公だから起こせた奇跡としても描かれていると思うので、善意の上に世界が成り立っていると感じました。

荒木飛呂彦の漫画術に、主人公は常にプラスで進んでいかなければならないといったことが書かれていたと思いますが、最近だとソシャゲの主人公にもそれが必要なのかもしれないと思いました。

単純にハッピーエンドを多く味わっていきたい年齢にさしかかっているのかもしれませんが(笑)、人や世界を呪い、嘆き、恨むよりも、世界を信じ、人を愛し、希望を携えて道を切り開いていく世界の美しさをきちんと感じていきたいです。

ただこういった作品は気楽で能天気でコントラストが弱く幼稚にとられてしまいがちなので、素敵さをきちんと伝えられるようもっといろいろな作品に触れて考えていきたいです。

 

 

シヴァ様は登場した時から大好きでしたが、シヴァといえばやはり「破壊神」なので、信仰を持つ者として破壊神を好きというのは…と引っかかる部分もほんの少しありました。

今でも多少はありますが、少なくともグラブルのシヴァにおいては、人々の祈りを愛し、その純粋な祈りにこたえ、そして人を救うことに喜びを感じる神として描かれていました。あらためて、個人的にはそれがとってもうれしかったです。

 

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シヴァ様これからもよろしくお願いします!

パーシヴァルさんとシヴァ様を並べる素敵な火パーティーをずっと待ってました!

 

「どうして空は蒼いのかⅢ」のPVに【「神」とは何か】【なぜ「世界」を創ったのか】【「人間」の生きる意味とは】というキーワードがありましたが、今回のシヴァ様のフェイトエピでより一層期待が高まりました。

グラブルの世界観で、どのように神を描き、人の使命を描くのか。とても楽しみにしています。


【グランブルーファンタジー】どうして空は蒼いのか Part.III 予告PV

「年々歳々煩相似り」ではゾーイちゃんが「人の子」の可能性や己の使命について考えていて、あちらも信仰を持つ身としては興味深かったですが、もう少し宗教的な深みがあるともっとよかった気がしていたので、ど空Ⅲがどんなふうになるのかわくわくして待ちたいと思います。

 

軽い気持ちで書いたのに、同じようなことを何度も言っていたらこんなに長くなってしまった…。よいお年を!

 

 

 

*1:疫病に苦しむ市民たちの祈りがシヴァ様に届き、街に顕現。腐敗した神木に棲みついた病魔が街に胞子ばらまいていたことが疫病の原因で、人々はもはや死からは逃れられないほど病が全身をむしばんでいる。ある少年が病床で「きくうしさま…たすけて…」とうわごとのようにつぶやいた祈りが主人公に届き、少年の街へ向かう。街は外から見てもわかるほど死の気配に満ちており、得体のしれない空気に足を止める主人公たちの前にシヴァ様が現れる。シヴァ様は「少年を助けに来た」という主人公に対し、「何ができるのというのか」「力と決意を示せ」と問う。主人公の嘘のない強い思いにシヴァ様が力を貸し、疫病はびこる街に飛び込む!そして夢で出会った少年と無事に対面。少年と会話をし、街の病の凄惨さを目の当たりにした主人公は己の無力さを噛みしめながらも、少年に「希望を捨てたらいけない」と伝えます。その姿を見て、シヴァ様が街の人々に“救い”をもたらすが、主人公の「救いたい」という強い祈りが、「滅びからの再生」というシヴァ様の“救い”の運命を捻じ曲げ、疫病完治という奇跡を街に授ける。

メリークリスマス

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🎀 🎄 メリークリスマス 🎄 🎀

ということでクリスマスイラストを描いていたのですが、いろいろあってきちんとしたものを上げることが出来ないので、こんなかんじで失礼いたします…。来年に繰り越そう…。

サンタの女の子とトナカイの男の子が魔法陣をつかって次元ワープをして家々にプレゼントをばらまく絵になる予定でした。

 

そしてこちら。

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アストルフォのラフです。これだけでも完成させたかった!

このラフを描いていた時はイベクエでアストルフォ大活躍のタイミングだったので。

腕おきにしてるのはヒポぐるみです。形状がおぼろげすぎる。アストルフォだけでも完成させたい。クリスマス関係ない時期になっても完成させたい!

ありがとうアニメ「BANANAFISH」…最終回後の感想

アニメBANANAFISH素晴らしかった。

最終話を見終わったその勢いで今書いています。がんばっておちついて書くけど頑張っても落ち着かないかもしれません。

まず、素晴らしい最終回でした。原作に忠実に、丁寧につくられていて、アッシュの最期はとても美しく描かれていて嬉しかったです。

ちなみに漫画読破後すぐに書いた記事はこちらです。アッシュの最期についてなど、今読み返してもこの感想から大きく変わっていません。

mochigomefs.hatenablog.com

大きく変わっていないということは、このまま勢いに任せると同じようなことを繰り返し言う可能性があるということです…。

アニメをふりかえって

シリーズ構成がよかった

最終回に限らず、全編通してずっと丁寧だったと思います。時代設定の変更によってキャラがスマホを所持していたり、ベトナム戦争イラク戦争に変わったり、BANANAFISHは“あの時代”であることに大きな意味がある作品だと発表された当時、原作を読んだことがない私でさえ思っていましたが、それらも上手に作品に落とし込んでいたと思いました。

また、原作はもっとストーリーもドラマも盛り込まれていますが、それらを丁寧に24話に削って納め、きちんと見せるべきところを見せていたと感じます。

「アッシュと英二」を主軸にストーリーを構成していたため、アッシュとブランカ、シンとラオなどについては、原作を知らない人が見たら何かあるんだろうなという含みを感じさせる程度で終わっていたような気もしますが、逆にBANANAFISHで絶対に落としたらいけない「アッシュと英二」のささやかなやりとりや心のふれあいを残してくれていたので、しっかりと最終回がまとまっていたような気がします。

アニメ雑誌のインタビューで、「ショーター以降はかなりざくざく削っています」というのを見ていたので実は少し不安だったのですが、「アッシュと英二の関係性につながるような部分はささやかなやり取りでも残している」という言葉も同時にあったので、見終わった今、構成のありがたさをひしひしと感じています。

少なくとも私個人はアニメからBANANAFISHの原作に流れた人間なので、「きっとアニメでは語られていない部分があるんだろう」と予想できたのはプラスに働きました。

素敵な声優陣

アッシュ

アッシュ役の雄馬くんは、Pなのもあり個人的に特別な思い入れがある声優さんのひとりです。

今までにないような役柄で、さらに男女問わずファンの多い作品の主人公!期待と重圧と厳しい視線がありそうな中、アニメの中で鮮やかに烈しくアッシュ・リンクスが生きていました。

漫画から受ける印象よりも少し若い感じがして、自分の頭の中で思っていたIQ200の大胆不敵なアッシュ・リンクスの「少年」という要素を、要素としてしか把握してなかったのだと気づかされました。

自分で漫画を読んでいるだけでは雄馬くんが演じるようなアッシュには出会えなかったと思います。それがとても心地よくて、うれしかったです。

英二

英二役ののじけんさんは、もうのじけんさんしかいないでしょう!というほどTHEのじけんさんのキャラでもあるので、毎回毎回安心と信頼と幸せで満たされていました。のじけんさんのお芝居が大好きなのもあり、どんな英二も好きでした。

かわいいのに狙ったようなあざとさが声音になく、素直な好青年だからこそのかわいさのように感じられました。

最終話の手紙がどんな風になるかずっと楽しみでしたが、しっとりとじっくりと心にしみこんできて…。本当にのじけんさんの英二が優しくてかわいくて大好きでした。光の庭も映像で見たいですね…。

そのほかのみなさん

全員言い出すと本当にきりがなくなってしまうのでかいつまみますが、大好きなシンを演じてくれたちばしょーが本当にシンの声で最っっ高でした!

細谷さんのオーサーもさすがで、アッシュとの一騎打ちはどこか切なささえ感じたのが印象的でした。

ショーターのまこらどん。もっとショーターが大好きになったのは言うまでもありません。基本的に原作通りのものが好きな自分としては珍しく、原作を無視してでも長生きして欲しかったくらい。

ゴルツィネの運昇さん。放送中に亡くなってしまい、これから先運昇さんのゴルツィネはどうなってしまうんだろう…とずっと不安でしたが、最後まで運昇さんで本当にうれしくて、幸せでした。パパディノのじっとりと絡みつくようなアッシュへの執着や、どうしようもない愛情がセリフのはしばしから感じられました。

ブランカ役の帝王森川さん…月龍役の福山さんもおっしゃってましたが、ブランカが森川さんって最高」です。最高でした。それしかないです…最高…。

 月龍役の福山さんは、ご自身が原作の大ファンなこともあり、インタビューの作品考察や解説でもお世話になりました。なので、インタビューやお芝居から「月龍ってこんな感じなんだ!」と思うことが多かったです。福山さんのおかげで月龍についての理解がものすごく深まった気がします。ヒステリックでもあり切なくもあり狂気でもある、とても魅力的な月龍でした。セクシー。

 

福山さんに限らず、雄馬くんやのじけんさんのインタビューもとても読みごたえがあって、すごくおもしろかったです。このお二人の言葉で気づいた大切なシーンや二人の感情もたくさんありました。

とてもじっくりと作品に寄り添って、かみ砕いて、飲み干して、練り上げてお芝居をされているのかなと感じました。雑誌とかのインタビューを追う日々もすっごく楽しかったな…。

 

アニメ「BANANAFISH」最終回を見て改めて思ったこと

最終回って、最初は英二のセリフがなんだか頭と心に残る気がします。「君はぼくの最高の友達だ」をはじめとした、英二の愛情のすべてがこもったセリフたち。シンが「まるでラブレターだ」と言ったあの手紙の強くて大きな愛に読者も包み込まれます。

でもしばらくすると、ブランカとアッシュの会話がぷかぷかと浮かんできます。

実は漫画を読んだ時から、「英二の言葉に対してアッシュの言葉は少ない気がする」と感じていました。英二は手紙にありったけの愛をこめてアッシュに贈っていますが、アッシュは直接的に英二に言葉で愛や感謝を贈ったことって少ないんじゃないか?って。

でもひとつひとつの答えがブランカとの会話のなかにあって、あとからじわっとアッシュの愛も広がってくる気がします。本当にアッシュは英二と出会って幸福だったこと。地球上の何よりも愛していること。特別な親友だということ。英二に出会えたから見えたたくさんの景色。そして、アッシュのこれらの気持ちを言葉になんてしなくても英二はすべてわかっていること。 

 

愛が人を生かす

アニメでも見終わった今、ただひたすらに思うのは、「英二と出会えてよかったね、アッシュ」という気持ちです。英二に出会わなければ、アッシュは誰かを愛したり、誰かに愛されたりすることもなかった。自分の中に愛というものの自覚がなければ愛されている事にも気づけないはずなので、きっとずーっと、愛情に気づくことがなかったと思います。

声優さんたちのインタビュー(たしか雄馬くんとのじけんさん)で、「『愛』と『生』の物語」と表現していた気がしますが、その通りだなーと改めて感じました。

「愛される」ことや「愛する」ということが、どれだけその人の心を癒し、孤独を癒し、幸福を与えてくれるものなのか。BANANAFISHは改めて「愛」の美しさについて考えさせてくれ、そして教えてくれる作品だと思います。

極端なことを言うと、本当に人は“愛があれば生きていける”んだなと思います。「愛は死なない」という言葉はよく聞きますが、「その人が死んでも愛は死なない」ということを作品をもってわかりやすく教えてくれていると思います。

アッシュを最期の瞬間まで生かし、幸福で満たしたのは間違いなく英二の「愛」で、英二がアッシュに愛をずっと注いでくれていたからアッシュの人生が大きく変化したんですよね。

素晴らしい作品には“イフ”は不要だと思いますが、仮に、もしもアッシュが英二に出会っていなかったら…そんなことを考えると、心が凍り付いたようにしゅんとなってしまいます。それは英二も同じで、アッシュに出会っていなかったら…。

この二人が見上げる空は、きっとどこまでも狭くて、切り取られたように四角くて、息が詰まるような閉塞感だろうなーって。大きくて広い空を見て、不自由さを感じる毎日を過ごしていたのだと思います。

アニメ最終話の「ライ麦畑でつかまえて」は、原作のある扉絵でアッシュが読んでいる小説でもありますが、アッシュから見た英二は“ライ麦畑のつかまえ役”なのかもしれないですね。

 

アッシュと英二は二人でひとつの人生を生きている

吉田先生ご本人が鎮魂と再生の物語と言っている「光の庭」を見るとより強く感じることですが、英二の心の真ん中にはアッシュが生きているし、アッシュは英二の胸の中に命を置いていったのだと思います。

ふたりはまったく違う人生を生きていて、まったく違う種類の閉塞感を抱いています。それでも、「英二の高跳び」のシーンでふたりは同じようにお互いを感じ合い、慰め合い、もっといったらあの瞬間で魂の触れ合いのようなものが起こったのだと思います。

アッシュからしたらあの壁の高さは「越えられないもの」で「不自由の象徴」でもあった。英二からしたら高跳びは「苦しみの象徴」でもあって「自分を縛り付けるもの」でもあった。

でもあの瞬間、空を舞う英二にアッシュは「自由」を見たし、それによって自由を感じたアッシュに英二は「満たされた」のだと思います。

ここについてはアニメイトタイムズの雄馬くん、のじけんさん、瓜生Pのインタビューがとてもわかりやすく素晴らしいので引用いたします。

瓜生:アッシュ的には第2話の高跳びのシーンで、跳んでる英二を見た瞬間が、アッシュの中で英二の存在が変わるタイミングの1つかなという印象がありました。

野島:弱そうに見えた人間が、窮地でバッと空を舞うのは印象的ですね。あんなに自由な存在だったんだって。

瓜生:病院で「お前はいいな、あんな風に跳べて。」というシーンが、「悲しいな」と思いながら見てました。

野島:あんな風に言われるまで、英二も「え、自分ってそんなに自由だったの」って気がつけなかったと、自分の存在価値に気がつくこともなかったんだろうなと思いました。

内田:あの状況で、あの塀を跳び越えちゃえるんですよね……。

野島:ニューヨークに来ている時点で、相当飛び越えてますけどね。物理的なものじゃなくて、心境的な意味で。

内田:そういえば(笑)。アッシュには、眩しく見えたんでしょうね。あの瞬間に、ただ単純なことなんですけど、その単純なことができないと思っているから、すごく眩しかっただろうなと思います。

野島:あのシーンは、すごく時間をたっぷり使ってましたよね。

瓜生:監督的にも、あそこが“アッシュの中で、英二の存在が変わる瞬間”というのは意識はされていたみたいで。あのシーンは大事にしていて、第1~2話のハイライトに近いシーンでしたね。

 このシーンにアッシュと英二の関係が凝縮されているのではないか、とこのインタビューを読んで思いました。自由のために傷つきもがき生きているアッシュから見たこの瞬間の英二って、どれだけ眩しくて憧れるものだったんだろう。逆にあんな高さなんてなんでもなく、記録が出なくて、もっと高くもっと高くともがいていた英二から見たアッシュってどんな存在だったんだろう。

きっとこの瞬間に英二はアッシュの境遇の切なさをすべて感じ取ってしまったんですね。だから涙を流したし、そういう英二だからアッシュは心を許した。

話があっちこっち行って何が何だかわからなくなっていますが、このシーンで二人の魂は言葉なんかを超越してぎゅっと近づいたんだと思うんです。

先ほどの「愛が人を生かす」にもあったように、愛に触れ、英二と“人間”として付き合うようになって、アッシュの本当の意味での人生が始まり、そのアッシュの人生をすべて胸に受け止めて英二の人生が始まっていると思います。

「光の庭」は数年後の英二とシンの生活を描いた作品ですが、アッシュと出会ったから英二はこの生き方をしています。出逢わなかったら絶対にニューヨークで永住権なんてとっていないし、そういう人生を送っているはずです。

英二はきっとアッシュと一緒に生きていくんだなとアニメの最終回を見て、また強く思いました。

谷川俊太郎先生の「あなたはそこに」という詩が、感じたことをすべて美しく表現されているので、部分引用いたします。

ほんとうに出会った者に別れはこない
あなたはまだそこにいる
目をみはり私をみつめ 繰り返し私に語りかける
あなたとの思い出が私を生かす
早すぎたあなたの死すら私を生かす
初めてあなたを見た日からこんなに時が過ぎた今も

いい詩~~…!!

引用が増えてくるということは、もう自分の言葉で語るべきことがなにもない時だと思うので(笑)、こちらの記事はこのへんで畳もうと思います。

 

さいごに、ちょこちょこBANANAFISHについて騒いでいる記事を載せてみます。笑

アッシュと英二のイメソンについて話している記事。

mochigomefs.hatenablog.com

 …これくらいしかなかった!笑

いろいろ話しているのはあるんですが、どれもあえて載せるほどずっと話しているわけではないな…と思うと…笑

また、時間と機会があったらゆっくりと一人一人のキャラクターについて振り返ったりしてみたいと思います。

 

本当に素敵なアニメに出会えてうれしかった!アニメのBANANAFISHにかかわった、全ての方に感謝したいです。とても大切な作品になりました。

拙者、イメソン妄想大好き侍と申す

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BANANAFISHのアニメが最終回と知り複雑な気持ちですこんばんは。

アニメが終わったらまた改めてアニメの感想をアップしたいと思っていますが、どんな気持ちで最終回を終えるのか、まったく想像ができません。

あのセリフに音声が…?あのシーンに音楽が…?考えるだけで頭がまっしろですが、どんなふうに終わらせるのか楽しみでもあります。ドキドキしつつわくわくもある…。

 

そして突然ですが、イメソン大好き侍なのです。好きなものがあるとすぐにイメソンを決めてしまいます。

一定の世代だと「BUMP OF CHICKEN」「ポルノグラフィティ」「鬼束ちひろ」「天野月子(天野月)」(敬称略)などが引っかかると思いますが、個人的にはこのアーティストに「平井堅」が加わります。

もうお分かりですね。

平井堅の「LIFE is…」ってものすごくアッシュと英二。

以前も書いたように、個人的にはここの二人はBLというよりも人間として愛し合っていてほしいし、慈しみあっていてもらいたいので恋愛感情というよりも一人の人間として一人の人間を深く愛おしんでいるようなイメージです。言っててこんがらがってきました。

そして1番が英二、2番がアッシュっぽいなーと思いながら聴いています。イメソンについてあれやこれや話すのは無粋ですし、自分の脳内妄想でしかないので語ることでもないのですが、少しだけ…。

1番のAメロのこちら。

少し乱れたその髪も可愛くて僕は好きだよ

泣ける。英二って絶対こういうこと言う。今更過ぎますが、この曲の歌詞は全体を通してとてもやさしくてあたたかくて、ほんとうに素敵な曲だと思います。

英二はほんとうのアッシュに手を伸ばして触れることのできる唯一の人間といってもいいと思いますが、どうしてそれができるのかというと、やっぱり英二は「どんなアッシュでもアッシュが好き」で、それをアッシュが「信じてもいい」と思えているというのがあると思います。

なぜ「信じてもいい」なのかというと、アッシュは自分のことが好きとか嫌いというよりも、忌んでいると思うのです。だから「信じたい」と思っても、自分のことを信じられないから自分を信じている英二を心の底から、100%で信じられないと思うんです。

英二のことは信じていても、「自分(人殺し)を信じる英二」を信じるのは難しいのかなと感じます。(アッシュが一番忌んでいる自分は「人殺し」だと思う。)

でも、英二が言うならアッシュも「信じてもいいかな」って思えるんじゃないかと思うんです…。

それを踏まえてのこちら。

でも君が笑うとその先を信じてみたくなる 手を伸ばしたくなる

グッときますね。

アッシュが自分で自分を見つめたときに、アッシュ・リンクスの中にあるきらきらしたものが英二という存在だと私個人は思っています。

明日だとか、未来だとか、それこそ希望だとか、そういうものを抱く余裕も、意味も、気持ちも、理由も持てなかった山猫の中に差し込んだ光なのだと思うと、本当に美しい関係だと思います。

一言で言うと、「LIFE is…」が解釈一致というだけの話でした!一致も何もそのための曲じゃない!

以上です。あらためて、素晴らしい曲で感動しました。

 

最近は本当に忙しかったり体調を崩したりでBANANAFISHも録画をまとめて見たり、Twitterの予告もチェックできなかったり…何よりもせっかく箱をフラゲまでしたというのに開封したのが12月に入ってからというほどてんてこまいな毎日を送っていました。

イベントに行きたくて買ったわけではないですが、もったいないことをしてしまったと心から後悔しています。ワケミニCDについてくるプロミの申込みは忘れずにやってほしい。(自分に向けて)

これを書いてたのは12月7日くらいなのですが、修正している今(19日)、見事にワケミニのプロミ申し込みを忘れていました。

そんなわけでまだANGEL EYESを聴いてさえいないのです…。パーフェクトガイドを読破したときもさけびたい!と思ってここに吐き出しに来ようと思ったんですが前述した通りで…。

最終話を見た後に、またじっくりと、まとめて書きたいと思っているので、そのときにエモーショナルなさけびをはきだしたいとおもいます。